『吉城川』小地域水害のメカニズムを考える    (公開します。05.04.06)

 私の暮らす「鼓阪校区」と「佐保校区」の境界、川久保町と後藤町の境に『暗渠』の入水口はある。
実は吉城川は「ごく稀に暴れ川になる」ことがある。なればなったで付近に浸水被害を及ぼす。
 写真の中央部分の水路の先の黒い部分がそれだ。ここはT字路になっていて、手前より吉城川の水
は暗渠の3m位の奥行きで突き当たり衝突して、右側に流れ出す。左側よりは「博物館・興福寺・県
庁」方面の雨水が右側へと流れ出す。その水は「梅谷大教会」付近で「大仏池」よりの流れと再度衝
突合流して、暗渠の中を「奈良女子大」北側へと流れ「佐保川」に合流する。
 いま、「資料」の持ち合わせが無く、詳しくはここには紹介できない。しかし私が歩いてみて思うとこ
ろは、集中豪雨の時「かなり広い面積の雨水がここに集中する」ことだ。よって溢れ出した雨水により
両町はたびたび水害に見舞われる。(四・五年前には堤防の決壊も重なり、広範囲に起きた)
 このことに住民運動もあったようだが、「集中豪雨は何十年かに一度あるかないかのこと」この理由
により、雨水は短時間で引くことにより、この活動は成果を出せなかったようだ。よって暗渠も、小地域
水害も放置されたままだ。
 私達は「他府県での水害活動に参加する」ことにより、「水害による不幸」を見聞もした。
 また『暗渠』の中は「無法地帯」でもある。下流域にある「佐保川小学校」の『水辺の学校』では初夏
の頃より、子供達は無邪気に川で遊ぶ。しかし「河川水質の衛生状態を考える」と、PTAが暗渠内の
現状を知れば『とんでもない!子供を川であそばせるな!』と言い出すことは、請け合いだ。

 「災害ボランティア」として「なにをどこまでするべき」なのか。「すべきことは何なのか」を考えていきた
い。 

(ここに掲載される写真は何年か前の「佐保川水害」の後に撮影されたものがベースです。)

 1. 4/4 第一回吉城川クリーンアップ作戦    報告書
 

事務局 宮津宣雄

万葉集    わがいもに ころもかすかの よしきがわ
            よしもあらぬか いもがめをみむ
超現代訳
昨夜のデートは楽しかったね。でも夜明けの前に君を送っていくよ。
朝露が君を濡らせてはいけない。上着を着せてあげよう。
  その時君が僕の目を見つめたんだ。それは吉城川の近くの出来事。
「いつまで人目を忍んで逢うの。」君はそう問いたげだ。   ( 注!!ホンマカイナ!)

吉城川
春日山・御蓋山と若草山との谷間をながれている川で、上流を水谷川、東大寺の南大門前では吉城川と呼ばれ、
水門町から川久保町・後藤町を経て、法連町で佐保川に合流している川である。
( 00風土記 0000著 資料散逸の為、後日記入)

1.実行項目
前日行動
準備品集中 ごみ袋  金ばさみ 10
事前行動 本部設営 看板表示 昼食手配
              大仏池  もんどり仕掛け3カ所
当日行動 ごみ拾い 交流会 生体観察会
後日行動 ごみ処理 そうじ    

2.行動計画諸図表
吉城川クリーンアップ作戦行動地図 ごみ回収位置図
ごみ集積位置図 昼食・交流会・生体観察会位置図 もんどり位置図

3.4/4 プログラム

AM
9:00   受付 名簿作成 班編成 赤丸印
      班編成後 実施河川決定(会員5名ボラ2名ご近所様1名)
9:30   先遣隊出発 2名 白蛇川清掃 回収車移動
10:00  行動 本体行動 威特井橋より展開 青線印
10:45  明星寮前1次ごみ回収 先遣隊合流 公会堂移動
11:30  大仏前駐車場2次ごみ回収 合流
11:45  移動 旧東大寺学園北通用口トラックへ積み込み作業
       写真撮影 休憩
PM
12:00  集合 正倉院大仏池前 赤丸印
      先遣隊 ごみ集積場所へ 昼食調達
12:15  生体観察会 もんどり 回収 写真撮影 交流会 緑縁印
 1:30  解散 事後処理

4/5 金ばさみ等返却
4/6 清掃局ごみ搬出


4.後記
 押上会館、威徳井橋より新公会堂までゴミを拾い、吉城川をさかのぼる。
 先遣隊2名により白蛇川・新公会堂から大仏前駐車場間を清掃する。

       1.ビニール袋類2.空き缶3.ビン類4.傘5.その他の順位で多くの
      ごみを回収した。写真にて計量確認としたい。
      他に朽ち木、建設廃材、ビニールホース、芝の防護ネット、ビーチパラソル等、訳
      の分からない粗大ごみも回収した。
       初めはしていた分別収集もごみの量の増大に伴い判別出来なくなってしまった。
      清掃業者様には申し訳ない結果となった。次回の反省材料としなければいけない。
        正倉院大仏池前で昼食、交流会、観察会を行う。
      大仏池にしかけた「もんどり」3個には数十匹の「もつご」がはいっていた。写真確認
      とする。そしてブルーギルの稚魚一匹。期待していた「もろこ・ぺたきん(たなご)」は
      全く入らなかった。(去年も入らなかった。)
      適当な期間を置き、次回も行うことを確認する。解散。

5.反省事項
  受付時間の記入を呼びかけ文に記載していなかった。要注意。
  オリエンテーリングを十分にしなかった。事故発生の場合、大問題になる。
講師を呼べなかった。たよる前に勉強しておこう。
     他団の参加が少ない。普段のつきあいが必要。
参加人員が思ったより少ない。仲間づくりに力を入れよう。
任務分担を明確にしておくともっと機能的に動けた。
始めしていた分別収集も後半できなくなった。分担の必要あり。
大型ゴミ等もあった。対処方法が必要。
ゴミ袋を透明な物にしておけば後の整理は楽だったはず。
反省会を持ち問題点を整理し解決しておこう。次回展望を獲得しよう。

6. 吉城川クリーンアップ作戦 プランニング

1提案理由 位置づけ きれいな川は未来からの預かりもの。後世に伝えよう。
       獲得目標 みんなのことはみんなでする。 広げよう仲間の和。
自分がしたくて進んでする。佐保川清掃にも参加しよう。
八反田「多聞城せせらぎ公園」を実現しよう
2会議 提案 反論 合意形成 
 3決定 意志統一
 4計画 課題 行動内容  時系列 空間移動 
 5発信 参加各員 各ボラ団体呼びかけ
6許可申請 公園管理事務所 東大寺        許諾受理
 7集約 参加人員把握 課題消化能力確保 ボラ保険加入 準備品集中
 8実行 各人計画行動展開 危険回避
 9事後処理 トラブル解決 次回展望の獲得

7.  オリエンテーリング 目的・ 行動計画の各人周知
              注意事項 (次回は必ず全員確認 )
安全・正確・慎重に行動しよう。事故に遭わない。起こさない。
各班リーダーの指揮に従おう。
川の遡行中、落石に注意。蛇等にも注意。川底のヘドロは転倒注意。
ガラス・古釘等も注意。大腸菌等の汚染あり、事後は衛生面の要注意。
単独行動はしない。連絡は緊密に。事故発生の連絡あれば速やかに撤収。
8.事後感想
    「シュルル・ブシュー・ジャバー」一瞬の沈黙が我々を支配した。川面は一面
  泡の海である。我々はごみの集積地に移動しようとしていた。その我々の頭上より一機に洗濯排水が排水口
から吹き出したのである。
下水道埋設率と下水道稼働率とは必ずとも一致しない。「かわや」のころには川は運河であり、下水道であった。
川の浄化能力もさることながら人々の暮らし   も自然内に内包される程度のものだった。いや歴史学者達の
研究によれば自然法   則の高度な意識的利用があるということだ。
 近代文明にもその精神はあったはづ。しかし現状はそうなっていない。
近代資本主義の発展は利潤の極大化を目指すあまり「何を生み出すか」「取り出すか」のみを見ていたようだ。
そして私たちはその「恩恵」をうけている。
 流れ広がる泡を見て「沈黙の春」を想う。しかし私も加担者である。誰が悪いと言うのでなく自分のできること
をしようと思う。広くみんなで考えよう。

   初回行動展開としては満足出来るものとして考えて良いと思う。初めてのこと   だから。しかし反省点を明
確にすることにより高次を目指したい。          
 「多聞城」復元、城下町形成、「まちづくり」が我々の目的なのだから。
 自分たちが動くことにより他者との接点を獲得する。それが狙いだ。「みんなのことはみんなでする」ことに意義
を見いだしたいのだ。数奇者集団でなくて。
 豊かな自然環境を求める。それは豊かな社会環境を求めることだし、豊かな人   間関係を求めることだ。裸
の人間として、主義主張に左右されるのでなく「地域住民の勤め」として「やりたいからやる」なのだ。
「男の仕事は稼ぎと勤め」の勤めとして私たちは地域奉仕活動をしたかったのだ。
 
 参加人員は少なかった。情宣活動も不十分だった。しかし考えていた以上のことができた。組織的に機動的に
うごいた、又、突撃的にも動けた。「モラル」は自分たちが考えていた以上のものを発揮した。写真を見てほしい。
トラックに成果が見えている。
 川をみんなで掃除して楽しかった。昼飯がうまかった。大仏池ではモツゴの稚魚をたくさん見た。ブルーギルの
稚魚を見た。ぺたきんは見れなかった。
 「全滅」したのかもしれない。ブルーギルは獰猛な「侵略種」だ。これも時代か。良俗であればいいと安穏と生活
していた。しかしそれ以前に「ぺたきん」は悲鳴を上げていたのだろう。およそ関心のあるところにしか人の目は
届かない。見なければ見えてきはしないのだ。
 「まちづくり」もそうだ。もっと早期に始めるべきだった。同年輩の人々の顔が見えないことにもっと早くに気づく
べきだった。
    阪神大震災の衝撃は「まちづくり防災」として展開しても良く、今、又「   」計画、
発展合流しても良いのだ。
「わがまち」のゴーストタウン化現象に「くさび」を打ち込むのが我々なのだ。そのことが「住民防災」に寄与す
るのだ。
まちづくり意識の高い所から神戸の人々は立ち上がった。被災者でありながら   「即」救援活動もそこから始ま
った。
 そして、まちづくりとは「ひとづくり」でもあるのだ。この町の固有な文化・伝統・良俗を我々は継承し、未来に伝え
ねばならない。

    吉城川クリーンアップ作戦とは、「清掃」を通した「まちづくり・ひとづくり」活動として「わがまち」に生まれ出た
のだ。これは「私たちの誇り」の一つとしていいはずだ。

(今回2団体、各1名のボラ参加を得ました。ありがとうございました。)

『わがいもに ころもかすかの よしきがわ         
              よしもあらぬか いもがめをみむ』   しかし、この風景は詩にならない。

左に見えるのは県庁方面からの流入口で、
三本の排水溝の内、一本はトイレより「うんち」
が排泄されている。

左は吉城川の流入口、前方は県庁方面

この暗渠は「梅谷大教会」の手前で「大仏池」
方向よりの暗渠と「T字形」に、突き当たる。匂
いが臭くてこれ以上は前に行けなかった。
暗渠は水質汚染にフタをしてしまう。

県庁方向を向いて写真をとる、この位置が二つ目
の合流地点だと思う。「止まれ」両脇に立つのは
ここに橋のあった「名残り」を示している。県庁方
面の開口部が小さいため、この道は川のようにな
った。

川の流路脇の「塀の高さ」を見て欲しい。突き当たり
の開口部の、左は約三倍の高さ、右は約二倍の高さ
につくられている。3対2で「低い方の負け!」
川の増水時に塀の高さ近くまで増水して『水害』は発
生する。水は高きより引くきに流れ「低い方の負け!」
それが「イヤ!」なら相手より「塀を高くする」しかない。
そして突き当たり上の家屋に雨水は突進する。これは
「危ない!」だろう。

付近居住者に「お金」があるなら「塀を高くする」
ことだ。できるなら「土地を高くする」のが良い。

吉城川はここより「三面張り」となる。川底の「装置」
は何か役に立つのか?!穴ぼこをほり鉄策が施さ
れている。

もう少し離れて、見た。橋の向こうは緑が綺麗なん
だけれど「ゴミだらけ」なので恥ずかしくて写せない。

「ほっとする」風景。しかし下の「大仏池」をみてほしい。この頃の池の
水は豊かだったけれど「今はこの半分」の水量もないのだ。ここへは
若草山一合目左端部分の雨水を集めていることになる。(それ以上は
佐保川に流れ込む)

この頃の大仏池は、生物もたくさんいたけれど「今は少ない」だろう。

板4枚」で池の水を調整している。この頃は
板3枚で池の水を保つ。 

少し撮影場所は違うのと焦点距離は違うのだけれど「池に流出する土砂
の量」を見てほしい。池の底はかなり浅く、深いところでも「水深1m」くら
いしかない。もう「遊水地」としての能力をこの池は持たない。

「暗渠」の上は「歩道・抜け道」になる。付近の子
供達は、下が水路であることを知っているだろうか?
(油留木町から南半田方向)

(北半田方向から南半田方向)

(北半田から川久保方向)

(南半田から北半田方向)

(南半田より油留木方向)

後藤町方向から鍋屋方向(北から南)を見ると
坂道の登っているのがわかる。この道は「川」となる。

ここは水路であることが見える(油留木町より)

元「日赤庁舎」前より油留木町方向へ

・およそ「故郷は美しい!」そう感じることが無くなれば、
誰も「我が故郷・わが祖国!」なんて、思わないだろう。

測量してみないと明確ではないのだが視認では裁判所
・文化会館の前の方が高い。この道の向こうに「近鉄奈
良駅」があるが、「地下の駅の浸水」は聞かない。しかし以前の水害では「JR奈良駅」方面に浸水被害があった。道の向こうに行くほど「標高」は低くなる。

三条通に続く「一の鳥居前」が高い。これにより興
福寺・博物館前の雨水は多分「暗渠」に流れ込む。
もしくは「吉城川」に流れるのだろうか?。

この道は川のように雨水が流れた。右の文化会館も
一部浸水した。左「婦人会館」の石垣の勾配は興福寺
方向が高いことを示す。

県庁、真正面の交差点。道路の下の配管がどうなって
いるのかは、私にはわからない。

この頃の大仏池は水量も生物も豊かだった。

しかし上流からの土砂を除くことはない。

これはゴミでなく枯れ枝が多く浮いている。

右「奈良女子大学グラウンド」吉城川の下「暗渠の
汚水」はここに流れ出る。しかし左の佐保川の水が
合流するので「汚れが半減」するかに見える。

☆暗渠の排出口 D地点とする)

中へ入ると「何かの装置」がある。何なのか
私には理解できない。左奥の装置は開閉口
だろう。どう機能するのか?わからない。

出水口の口径はこちらが大きい。吸い込み口は
AとBを合わせてもこれより小さい。「ジェット効果」
で吸収を良くするのかもしれない。

ゴミがまとわりつく、これは何の装置
だろうか?

これ以上は「臭くて!」奥に進めない!
夏には「ガス」が自然発生するだろう。

ドヨンとしたゴミが時々流れてくる。気味が悪い!

「暗渠」から溢れ出した雨水は一時期、町を席巻するが
やがて佐保川に収斂される。よってごく限られた小地域
にのみ被害が集中する。これが「町の課題」とならない
理由である。しかし豪雨におびえる人はいるのだ。

左、奈良NHK建物、ここは鍋屋町。ここは油留木
町方向からの雨水と興福寺方向(右)よりの水が、
流れ込んだが高台のため手前の「奈良女子大」方
向に流れるのと左NHKの交差点を左にも流れる。

吉城川に「流木」が流れ込んで「暗渠の口が塞がる」場合、あるいは増水して「正面の家屋の外壁を
打ち砕き、家屋に水流が流れ込んだ」場合には『大きな被害』が出る事が予想される。しかし、その
ような被害を起こす『集中豪雨』は「今のところは無い」。よって、「誰も関心を払わない」。しかし、付
近住民は豪雨のある度に「怯えて」暮らしている。(私の被害妄想が大きいかもしれない。)

今は残り3枚の板も取り外されている。
撮影050321

元「奈良日赤の建物」左、突き当たりは「美術館」
ここで水路は突き当たり、左には暗渠が見える。
右の建物は婦人会館。

突き当りから東方向に暗渠が口を開く。この先には
「県警本部庁舎」や地下駐車場と、方向的には「轟
橋・緑池」がある。たぶん、この先は「錯綜」している
と推察されるが「確かなことはわからない・見えない。」
050321

左手前・美術館、奥・県警本部庁舎右側・奈良県
庁舎の雨水は「何処へ?」 やはり「左の写真」かな?

左・県庁舎、右文化会館の園丁

文化会館が「堤防」の役割もした。何故なら前の道
から興福寺方向の雨水が流れ込んだからだ。

同、文化会館 左の石垣の高さは右写真に繋がる。

「県議会棟」前の交差点、右奥には興福寺「北円
堂」が、隠れている。交差点の右の道路が、少し
高く見える。たぶん「裁判所・文化会館」の前が
一番高く、その後に「近鉄奈良駅」に下降する。

博物館前交差点下の地下道の一つ。以前に
「冠水」した実績がある。排水ポンプはその後
上位置になった。

奈良国立博物館を望む。この周囲の雨水は
低地を求めるなら「吉城川」方向を目指す。

遊水池だろうか?きれいに設計されている。
博物館の後方に新館が建てられている。

池への水はここから噴出している。水面の奥の
盛り上がりの見えるのが、それである。

宝物にしたい池を見つけた。「これは秘密にしておこう!」

水が「ここより湧き出す」ように見えるが「春日大社」
からの水かもしれない。これは私の仮説に過ぎない。
「つがいのセキレイ」が「水浴び」してるのを写した。

『氷室神社』の前の池。噴水が噴出し光輪が見えた。

大仏前駐車場の横を流れる『吉城川』ゴミが目立つ!
「公衆便所」の汚水が時々流れ込むのではないか??
という疑問が「私にはある!「私だけ!」ですよ!
このことは「使用頻度の高い日に調査すべきこと。
また私のすることでもない。

大仏前参道と吉城川の交差するところ。子供達は
「この川の水はきれい!」だと思って遊ぶなら「とん
でもない!」ことなのだ。すぐそこを生活廃水が流れ
込むからだ。

【 対策 】

では「吉城川小地域水害について、『何かの対策』を私達は提案できるのでしょうか。
 実は一つ考えている案がありますので、ここで発表いたします。

 「増水時に稼動する、もう一つの側溝を掘って作る」のが、私の案であり結論です。
 暗渠の口径・流入稼動量を仮に100の値として、それを超えれば雨水の氾濫が懸念され、しかし150
の値の増水量があっても溝と道路が50の値を受けるとして、150以上の値で「雨水氾濫・浸水開始」と仮
定します。ならば、値100の側溝をもう一つ作り、それにより道路に氾濫する雨水をも流路を誘導するよう
にすれば被害は抑えられるようになるのではないか、と考えているのです。
 不可抗力で「道路に雨水が氾濫して道路が川になる」ならば『道路を川として有効利用する』のです。この
場合、地下駐車場は水没するので「不幸を未然に防止するため、地下駐車場を認めない」ようにする必要が
あります。実際に付近のマンションで起きたことですから「条件の整合性」は絶対に必要です。

 川久保町と後藤町の暗渠の即近の空き地で雨水が溢れ出すのなら「溢れ易くして側溝に流してやる」そし
て佐保川へ誘導してやれば良いのです。また突き当たり上の家屋のために「V字形防護ブロック」を建設
して雨水を二手に分けるようにすれば威力・衝撃力も半減するでしょう。三面張りで速力を増す流れを溢れ
易くすることで威力を逓減すれば、一度に水位があがることもないと考えるのです。
 暗渠の口径に比して著しく雨水が増える時に「水害」は発生します。暗渠の口径を太くするのは大工事に
なって「費用効果」が低くなるなら、「側溝を作る工事で費用を安く」上げれば費用効果は上がります。
 或いは『A地点のみ』グレーチング工事をして「早期に溢れさせる」ことでも、効果が上がるかもしれません。
(この方法が「現実的」だと考えています。)

 しかし、私の提案には「科学的根拠」はありません。もっぱら「歩いて、見て、想像力を逞しくしただけ」に
過ぎません。「地形図・浸水実績図」も持ちませんし「降雨量データ」も持ちません。

 また工事費がどの位の費用になるのかも見当もつきませんし、奈良県下の数あるであろう危険地域の
工事のための「緊急必要度・優先順位」などを考えれば最後の方でしょう。
しかし「私は何も知らない」状態にもあります。

 尚、私がHPで「かく論じる」のは「流言蜚語」に近い行為でもあります。
 しかしながら「災害ボランティア」として近くに「危険地域」がありながら「見過ごしにする」ことも、私にはで
きません。しかしどうにもならないことを『危ないぞ!』と言うのも「狼少年」のようで恥ずかしくあります。
 
 また私が「地方政治領域」に口出しすることも「ボランティアとして相応しくない」とも考えます。他にすべき
ことも多々あります。よって『このアイデアを放り出します!』しかしこれは他でも使えるアイデアだと思います。
 もしこのHPが「学者・政治家・行政マン」の目に触れる機会があるなら、一考して欲しくあります。「丸投げ
だ!」と失笑を買う行為であるでしょう。しかし「どうぞ!一考ください。不幸を未然に防ぐことができるかもし
れません。」そう願ってこのページを作成しました。他意はございません。
                                                           050406

「三面張り」により流れに勢いがつく。

「奈良公園内」の吉城川は整備されている。

石垣も石の配置も植木も「風情」があって良い。

「新公会堂」前には池もあり良く手入れされている。
この公園は美しく作られてある。

中に入ると「川と池」も良く設計されているのが見える

借景庭園として「太鼓橋」と川組み。

奥へ行くと「蛇カゴ」もあり、水質への気配りも見える。

春日大社の北方向「水谷橋」

若草山右端は「春日原生林」の入り口でもある

「月日亭」の下まできた。「月日磐」大きな石の左腹
に「ひょうたん模様」に見えている。ここより上に「生活
排水」は無くなる。ここまでは、有る。

「奈良県庁展望台」より若草山を望む。若草山一合目の右端を吉城川が走る。
左端は東大寺二月堂隣の吉城川支川が走る。よってこの写真の中央部で集中
豪雨が降ると吉城川が氾濫することになる。たぶん「狭い地域」の話だろう。
 ただ「地形図」と河川を合わせ考察する必要があり、私には難しい話となる。

「大仏池」より流れ出る水はこの斜面で下り坂と
なる。下り降りたところで暗渠の入り口になる。交
通量の多い時に、道路から自転車にのるオバサン
が、川に転落したことがある。何を思ったか自動車
も川幅にそってきっちり落ちてはまったことがある。

その暗渠の入り口(B地点とする)「集中豪雨の増
水時はここからも水があふれだす。
ここも「危険!」の看板が必要だろうな。

「滑り台」の前のコンクリート部分が吉城川と
暗渠の合流部分。増水時は手前の空き地に
水が溢れ出してくる。

雨降りの日に来て見た。ここが「アブナイ!!」
ことは、行政も知ることである。(A地点とする)

コンクリートの蓋を「グレーチング」に換えて
「溢れやすくする」という案は、どんなものだろうか??

あふれ出た水をこの道路に流そう。この道の
左側に大き目の「U字溝」を、埋設し、上部の
蓋をグレーチングにしてみる。

この道はまっすぐ「大仏池」方向であり、この道の
左側が暗渠が続いてある。多分電信柱の前が
暗渠(A地点より)との合流地点だろう(C地点とする)

この道はこの先で佐保川と交差する。この道の左側に
も「U字溝」を埋設する。早期より川の水を溢れさせて
この道を「浅い川」にすれば良い。

右側マンションの向こうにもマンションが建ち
地下駐車場が、冠水した。この問題は先に解
決しておく必要がある。

☆A地点

☆B地点

☆C地点

右D地点

地図の左より「若草山一合目・惣持院山・手向山・東大寺・奈良公園館周辺・博物館・東大寺郷・興福寺・
奈良県庁・文化会館より北側」周辺の増水が『C地点に一点集中』することが「吉城川小地域水害」の正
体である。この地域だけの集中豪雨は「めったに無い!」ことである。しかし「市東部・春日奥山」を含む集
中豪雨の時、この地域も内包するので、再発する可能性は否定できない。
        (およそ「三条通り・一の鳥居・水谷橋」より下(南)は、関係しません。)

※注! 今回は「白蛇川」周辺の写真を「カット」しています。

地図の右側中央部にABCD地点を示しています。

スカっと向こうが見えている。

右写真の「暗渠の流入口」が、雨水の流入量に対応できなければ「雨水が溢れ出す」のは必然だろう。
浸水被害は「床上浸水・床下浸水」の違いで、床上浸水の場合に悲劇はおこる。
 まして奈良県民は「自然災害」の恐ろしさを「知らない」に等しい。また対応方法も知らないでいる。
 「災害に学ぶ」ことが「減災」には絶対に必要なことなのだ。