Snow Patorolle

『スノーパトロールが見た「災害ボランティア活動」』
長岡科学技術大学 上村晴司先生 写真・講演要録

 私はボランティア活動はしていません。ボランティア活動そのものもあまりよく見ていません。ただ「スノーパ
トロール」活動をして地域を廻りながら見たこと、聞いたこと、感じたことを紹介してゆきたいと思います。

白く、うずたかく見えるのは大学に一晩泊めた車です。
昨年は7/13水害に始まり地震が起きて19年ぶり
の豪雪に見舞われて土砂災害が起きて天然ダムが
できて洪水が起きた。新潟は自然災害の総合商社
になってしまった観がある。新潟はとことん痛めつけ
られました。

私の(上村)故郷は川口町「和南津」は幹線道路が寸断
して孤立しました。「アクションを起こさないと誰も気づかな
い」ということでその時、「白のスプレー」はアスファルトに
発色が良く、ヘリコプターにSOSを発信しました。

10月23日午後5時56分、夕食時「最大震度7」を記録
山村・豪雪・高齢・過疎の四重苦です。
『点在する村落は全て孤立しました。』

国道17号線 小千谷側、川口側のここが完全に抜け
落ちた。上越線の線路が「はしご」のように見えている。

小千谷の地域で土砂崩れが川を塞いだので
水流が変わってしまって水害が起きた。

余震も繰り返し崩落の危険地帯を真下て揺さぶったので
山古志村はありとあらゆる斜面で斜面崩壊・土砂崩れが
起きた。また斜面の下には必ず沢があるのでそこが閉塞
すると必ず洪水が起きてダム湖のようになる。

「ゆう太ちゃん」救出現場は以前から危険地帯を
指摘されていた。迂回路もあるのだが「ショートカ
ット」として地元では便利な道だった。

田んぼも甚大な被害を受けた。「あぜ」も被害を受
けたが、「水路」も甚大な被害を受けて田んぼに水
を流せなくなった。(写真とれず)

『住宅再建』は大事な問題だが、村落の家は「職住一
体」だからでかい作業場も同時に持っている。当然に
作業機械などの高価なものもあり、現在の法的資金は
こちらには全く使えないものだから生活再建に全くお
ぼつかないのが現状である。
『みんな途方にくれている。のが、現実です。』

二ヵ月後に家屋は豪雪に埋もれた。作業は
停滞・後退する。雪は何もできなくする。

「山古志の棚田・錦鯉・闘牛は被害甚大」

山古志の一地域は山の上から土砂が崩れ落ちて
きて住宅地を飲み込んだ。左下の赤いのは消防車
が押し潰された。右は高級住宅の下の土が崩落し
ている。右下はその下部で車が下に落ちている。
「地盤災害」という面が強く現れた地震でした。

地図を見てください。震源は川口町で、小千谷市は隣になります。山古志村はここ。長岡市はここになります。
川口町北側の被害が大きいけれど小千谷市の出っ張り部分と山古志村のこの界隈は「二十村郷」と呼ばれた所で、この界隈「「二十村郷」付近の被害が特に大きかったのです。

11/2に「地震と雪害」の委員会を立ち上げました。ふつう学者は「起きたこと」の分析・研究するのだけれど
私達は『これから起きるであろうことを考えよう・起きるであろうことを早く皆に知らせよう!』
 だから、行政に働きかける・住民に教える。
 およそ「雪害」に100パーセントの準備はできないから、なんとか「雪害を軽減」しよう。
 ということで二週間のうちにあらゆる被害想定をして『速報!』を出し行政・マスコミなど皆に向けて『発表』し
ました。パンフレットを四万五千部作って「全戸」に配布しました。

『私達の目は、被災地に「雪をかぶせて」見ることにより、雪害を未然に防ぐことを努力したのです。』

家屋の、設計荷重は1mの高さの雪に耐えるように計算されている。1坪(畳2枚)×高さ1mの雪の荷重は
1tになります。よって建坪20坪の家には20tの積雪荷重がかかります。(この場合「瓦荷重は4t」になる)
よって合計24tの荷重が20坪の家屋にかかります。
 よって地震で傾いた家屋は「絶対に倒壊する」のです。

左写真
この崩落斜面では一車線になり、植生が無いので
雪崩が頻発して使用不能となります。
右写真
除雪車は10t近く重さがあるので「踏み抜く」可能性
があります。除雪車が入れなければ集落は孤立しま
す。

家屋の雪下ろしをすれば歩道も道も塞がります。
融雪構が潰れていて、雪を捨てる場所が無い。
どんどんと雪は降り積もり大変危険な状態になり
ました。

考えられる「災害」は全て想定してみました。
「道路・建築、雪崩・融雪災害。
また、生活関連の災害も想定してみました。

融雪災害では山古志村の「土砂崩れダム」は
冬の前に「開放水路」ができました。よって越流
してふたたび崩れる心配は無くなりました。

建物で言えば「激荷重で倒壊するのでないか?」
151棟が雪の荷重で潰れました。
(山古志村はカウントされていない)
「雪崩は頻発」しています。二名の方が亡くなられま
した。
「除雪中の事故等」で26名の方が亡くなられました。
雪解け水で新たな土砂崩れが頻発しています。
(新潟県中越地震で亡くなられた方は46名)
『これでいいのか!?』と、中間達が考え始めました。

『学者は役に立たない!?』警告を発するだけでは
いけない。パンフレットはなかなか見てくれない。
アクションが必要だと考えた。
『まず自分自身の目で見て、経験して、行動してみ
よう。』ということで学生達とパトロール活動を始めた。
ボランティアでなく、「調査・研究」として定立し活動しよ
う。そして行動を開始した。

ポール・かんじきを持ち、「雪こぎ」しながら学生10名
とで集落のパトロールを始めました。

長岡・小出・十日町の平均積雪量をこの図で示し
ています。年末から降り出した雪ですが1/10に
「どか雪」が降りました。数日に1.5mを超えると
ころもありました。

「消雪パイプ」は地下水で雪を溶かします。
しかしパイプとアスファルトの隙間に水が流れて
雪を溶かすことができません。
右上 噴水口の写真

この状態を放置するとアスファルト下の土壌が
流出することになる。

軒に垂れ下がる雪を「雪樋」といいます。この雪は
軒先を折り曲げます。折り曲げ壊されたのがこの家
の写真です。この雪樋の落雪により何人かの人も
亡くなられました。

1月にはこの建物はあったのですが2月には
倒壊して雪に埋もれてしまいました。

 ある日のことです。倒壊家屋の上に老夫婦が二人で「雪下ろし」をしています。どうにもならない努力を老夫婦
はしているように私には見えたのです。
 私はスノーパトロールの隊員にこう言います。「人と家と道をみてこい」特に『人と話をしよう!』と言います。地
元のことは地元の人が一番よく知っているのです。だから『地元の人が何を不安に思い、どんな心配を抱えてい
るのか?』ということを聞いてくることが大事なことだからです。
 私は老夫婦に話し掛けてみました。すると「分別です。」との答えをいただきました。このまま潰れては家屋の処
理をしてくれないのです。瓦・トタン・材木などを解体して「分別」しておかないと「引き取ってくれない」のです。
あえてすると「引き取り料」が何倍もかかって経済的に大きな負担になるとのことでした。
 老夫婦は一月・二月に何度かの雪下ろしをして、三月末に解体にこぎつけたようです。足元も悪ければ寒い日
のことでもありますが、老夫婦は貫徹していたのです。

緑の丸印は「激震ゾーン」でこの地域の被害が大きかった。この地域は避難勧告・避難指示もあり「雪かき」
ができなかった地域でもある。多くの家屋が後の積雪で倒壊してしまった。『何も成す術のなかった地域
であり、人々は着の身着のままで貴重品だけを一度だけ取りに帰ることが許された』地域です。

この家も三月に倒壊した。雪が下に落ちる落雪により
何人かの人が亡くなった。

スノーパトロール中に「見たこと・聞いたこと・感じたこと」をお話します。
「何もできないボランティア」さんにも、安全な雪下ろしの仕事があります。屋根の上は熟練者が必要なのだ
けれと、下に落ちた雪の片付けはボランティアさんの仕事です。仮設住宅の写真を見てください。すぐに玄関
と間の道が雪で埋まってしまいます。ここのかたずけは難しくはありません。ボランティアさんの仕事です。

大事なことは『みんなで一緒に活動する』ことで「みんなボランティア活動ができるようになる」ことなのです。

「他所からきた外人部隊も『良い話し相手』になり
ます。年寄りばかりの集落に若者達がやってくる
だけでお年よりも元気になります。

田麦山や和名津ではボランティアが拠点を据えて
被災地域をフォローしました。

 しかし「受け入れの温度差」のためボランティアの
一人もいない地域もありました。

(左 「雪ほたる・雪洞イベント)

一度水没した家が融雪により再び水没します。「雪解けで見える現実」があるのです。
「集団移転」も、必要かもしれない。

「山古志復興新ビジョン研究会」があります。産学協同で立ち上げました。目玉として株式会社「山古志村」を発足
しました。(山古志村は長岡市になりました)山古志村の文化・伝統を残し住民2000人と有志の出資で産業を起こ
し生活を復興しようと計画しています。何か一つの組織を立ち上げないと長岡市に埋没してしまうと考えました。
  
 これは「棚田の風景」です。誰が見ても危険地帯です。何百年もの人々の営みがここにはあるのですが、この風
景を取り戻すには「数百億円」もの公的資金が必要となります。これは国の工事基準からしてそうなるのですが、
それが無くとも住民はこの風景を取り戻すべく努力を始めようとしています。「いかに公的資金を導入して、いかに
住民が元気をだして行動するようにする」か。いかにエン・カレッジするのかが切実な大変重要な問題です。
 その中で「災害ボランティア」が「復興支援ボランティア」として活動する可能性があって良いとも考えています。
『安全確保して、一緒に田圃を耕して、田植えして、秋にもう一度来てもらって、一緒に収穫して、「ごはん」をみん
なで食べる。観光じゃなくて、交流する活動があって良い。そのことで被災地域を元気にすることができれば、み
んなで素晴らしい活動を体験できる。良い思いでとして残る。』そのような活動があって良いと考えています。

( 050421 作成中!)

このように崩落する斜面がたくさんあって「いつに来てください」
とは、言えません。「いつになったら山が安定するのか、は、ま
だ何とも言えない。春になってこのような『土砂雪崩』が頻発し
ています。

これは川口町の美しい風景ですが青く見えるのはビニールシートです。魚野川と信濃川の合流する
所です。実は多くの建物の撤去が終わって町はすかすかになっています。
『雪国は日本の国土の50%を占めています。中山間地は国土面積の70%になります。他の地域の
人々もけして他人事ではないはずです。これからも中越から発信を続けていきます』 (拍手!!)

荷物を運び出すこともできずに倒壊した家屋

斜面崩壊を起こしたところは雪崩も発生しやすくな
る。危険地域の指定もいたしかたない。

人身被害は、雪による死亡は26名
高いところでの除雪中の死亡は6名
落ちてきた雪で埋まって死亡した人
は5名。除雪機を扱って亡くなった方
は4名。あやまって水路に落ちた6名
雪崩で2名亡くなっています。作業中
に病気になって亡くなった方は3名。
雪害で全国で74人が亡くなっていま
す。

温泉の浴場の屋根が、積雪・落雪により二人の人が
亡くなられました。このお風呂は震災直後には多くの
ボランティアの体を温めていた。みんながお世話にな
っていたお風呂での事故です。

暖冬の豪雪は「雪が重たい」

屋根の上の「雪下ろし」風景。これは熟練者の仕事。
(体験しなければ『実感』がつかめない。大事なこと。)

屋根から落とした雪を下でかたずけることは
ボランティアでもできること。上に見える重機
は、その雪をまた違うところに運んで行く。
あるいは「雪捨て場」をユンボで掘っている。
スノーダンプを使っている。

ボランティアに「できること・できないこと」を明確に区別することが被災地では安全確保の意味で大事
なこと。除雪作業にしても同じこと。
 冬季ボランティア活動には「地元ならでわ、のこと」があり、外人部隊は理解できない・慣れていない
ことが多々ある。でもボランティアに「して欲しいこと」もたくさんあるのは事実。
「冬季災害ボランティア活動マニュアル」を作ることになった。

TVなどの影響もありボランティアは山古志村に集中しました。
『山古志村だけ、何故?」と問題意識が現れました。

また 「非日常」が二・三ヶ月も続くと日常性になります。
「支援ばかりを受けていてはダメになる」という声も
挙りました。