FEMA(連邦危機管理庁)= アメリカの「住宅再建支援制度」について
          
現在は国土安全保障省の一部局となっているFEMA(連邦危機管理庁)が所管するIndividual Housing
Assistance のことです。

大統領令が発布されるほどの激甚な災害で住宅が被災した場合、FEMAに電話すると、2週間以内にFE
MAのインスペクターが被害状況を調べに来ます。で、その被災者に必要と思われる下記の費用を積み上
げて、最大2万5千ドル(約250万円?)までを支給する決定をします。その際、保険でカバーされているも
のは除かれます。

・住宅の修繕費
・モーテル、トレーラーハウスなどへの仮住まい経費
・家具購入などの経費
・医療費、引っ越し代、葬儀費用等の諸経費

前の住宅が滅失して新たに再建する場合の費用は、離島などの例外的な場合のみ認められています。

この制度の羨ましいところは、即決で支給決定がなされ、チェックで支給されることです。ただし、査定が入
るので、満額もらえる人は少ないようです。また、事後に監察が入るので、被災者は、上記費用を支出した
ことを証明するレシート等を、3年間保管する義務があります。

アメリカの場合、洪水による被災の場合、連邦制度としての洪水保険が相当普及しているので、上記制度
はあまり出番がありません。有名になったのは、阪神・淡路大震災のちょうど1年前に発生したノースリッジ
地震です。阪神・淡路大震災のあと、わが国でも住宅再建支援制度創設を求める国民世論が高まり、多く
の関係者が、FEMAの制度を調べに行きました。
この制度の良いところは、制度所管部局の立場からでなく、被災者の立場に立って、各種の支援制度を整
理してあるところです。

                    
 日本にては、『被災者生活再建支援法』があります。
 神戸を発信地として、全国の市民団体のパワーを結集し、議員立法で作られ、平成10年に施行されました。
家屋全壊世帯に、100万円を支給するものです。(家財道具代、引っ越し代、医療費等に限る。)
 しかし、このときは、住宅の再建に関する費用は対象にならず、今後検討することとなり、国土庁で研究会
が設けられ、2年にわたる大議論の末、結論が出ませんでした。政治の世界では、超党派で「自然災害議
連」という組織があって、種々の要件を大幅に緩和した上で全壊世帯には500万円を支給するという案が
作られましたが、残念ながら実現していません。

 「いつまでも議論ばかりしていないで、とにかく早く制度を作るべきだ」との声により内閣府は平成16年度
予算要求で制度改正を財務省と折衝し、100万円を300万円に増額した上で、上乗せ200万円分につい
ては、全壊世帯の解体撤去費、宅地の整地費、住宅再建に係るローン利子、アパート等での仮住まいに
要する経費などの「居住関係経費」を対象とする制度改正をすることにしました。また、従来全壊世帯だけ
が対象だったのを、新たに大規模半壊世帯も、支給金は半分ですが、支援対象にしました。昨年3月、国
会で法律が改正され、4月から施行されています。

このことの詳しくは、
http://www.bousai.go.jp/hou/040405shienhou/houritsu-setsumei.pdf をご覧ください。

この制度については、既に昨年の水害や「新潟中越地震など」に適用されています。

ただ今は下記の事柄が問題視されています。
☆住宅建設費本体が支援対象になっていないため、種々の経費を積み上げて200万円にしなければな
らず、使い勝手が悪い。
☆年齢、年収要件があってもらえない人がいる。
☆そもそもトータル300万円程度では少なすぎる。

ただ今、「使いにくい」との批判が寄せられています。ただ、制度改正をする際に、「国民世論が盛り上が
らなかった」こともあり、また議員立法で作った法律を政府が改正するということ自体、あまりないことなの
に、世論まで盛り上がらないのでは「本当に制度改正する必要があるのか?」とまで言われています。

 このことは関西の新聞では、結構大きく取り上げられましたが、関東の新聞では、まったくというほど記事
にならない。また、被災住宅の再建支援をすることは、事前の耐震化を進まなくさせる「天下の悪法である」
と厳しく指摘する学者もいるようです。

 ただ今は、「支援制度実現」に向けた要望書も出て、「全国知事会」などが、「住宅本体を支援する制度
を創設せよ」と声高に主張したことにより今の制度が実現しました。

 昨年の災害で、この制度が早速使われています。いろいろご批判はありますが、とにかく使われて、その
実態を踏まえた形で、見直し等に関する議論が盛り上がることが大事です。

 防災よりの「事前対策」との関係、災害救助法の問題などなど、防災対策、特に個人を念頭においた各種
施策を棚卸しして、「困っている人を皆で支える暖かい社会、人の命を大切にする社会を築く」ために何が必
要か、という観点から、新たな制度体系を構築することこそ必要でしょう。

そのためには、「市民のパワー、世論の盛り上がり」が決定的に重要になります。



(後日、コメントを頂戴いたしました。)
 私は、現行の「被災者生活再建支援法」の枠組みを、ただ拡充するという方向性は、現実は困難ではないか
と考えています。
  アメリカのFEMAの制度も、災害時における「連邦政府の役割と保険制度の関係」について、80年近い議
論と制度改革の中で、今日のような制度ができあがっていること、連邦政府の支援は、保険の補完であると
いう位置づけであること、などに留意する必要があります。
 
 被災者支援のあり方については、アメリカでも、財政的な被災者支援に限定せず、NPOや教会関係者による
「心のケア」、さらには、わが国では個人への支援の議論の影に隠れがちな、小規模事業者の事業再建支援
などの各種支援体系が、官民の仕組みを連携させながらできあがっています。
 
 わが国で被災者支援のあり方を考える際も、そのような全体の体系を視野に入れた議論をする必要があるのではないかと考えています。




(この文章は、
    国土交通省 都市・地域整備局  都市計画課 開発企画調査室長 渋谷和久 先生より、
                                  いただいたものをHPに合わせ再編集いたしました。)

FEMA  vs  「 被災者生活再建支援法 」   

・始めに (私の問題意識)
 
 打ち続く天災、大災害になど「人間」は負けてなどいられません。どんな大災害であろうと克服すべきです。
災害は日本のカントリーリスクであり、天災は誰の責任でもない。しかしならば国家・日本政府は国民を幸福に
「安心して生活することができる」義務があります。(納税義務は天災に対して免責があるのでしょうか?)
 災害に被災すれば「大きな悲しみと大きな負債」とが一人一人の被災者の背中に大きくのしかかります。
 よって災害は被災した者達のみが抱える「大きな問題」であり、被災しなければ「無関心」ですむ問題でもあり
ます。およそ災害により被災者の後の人生は天国と地獄ほどの隔たりに見えるでしょう。被災者の全ての人々
が、「日本に生まれて良かった!」と、そう思わなければ、それは「大きな不幸」なのです。
 
 しかし国家社会であるならば施策として不幸の軽減と、また社会福祉の観点より救済策があって当然です。
 当然わが国にもその救済施策はあります。国民の一人一人は租税を支払い国庫に収めています。それは災
害などの不測の事態には「救済施策」として国民被災者に還元されされます。「被災者生活再建支援法」など
がそれにあたるでしょう。
 阪神淡路大震災のみならず、雲仙普賢岳火砕流や三宅島の火山噴火・新潟中越地震・福岡県西方沖地震
・04水害・また鳥取県沖地震・宮城県沖地震・北海道沖地震の奥尻島の津波災害などにて、日本列島の各地
に被災地はどんどん発生し、被災者の増大もうなぎ登りに上がり、「被災者大量発生!」の観があります。
 
  ○では「被災者生活再建支援法」等により、被災者はどんどん「救済・自立」してあるのでしょうか?
 
 ここに大きな疑問が残ります。確かに「自立支援」が目的で、「生活再建」は被災者そのものの仕事であるで
しょう。しかし現実として「自立」することができなければ、被災者は「自滅」するしかありません。表現が極端で
すが、論理的帰結です。このことはけして見過ごされてはなりません。
 
 
  ○いま、私たちの日本においては、その「現状」はどうなのでしょうか?
 
 阪神大震災後10年の時がたち、神戸は復興をとげたのかのように見受けられます。しかし街に建物が建ち
灯りが燈っても「復興途中・自立中」の被災者の方々が圧倒的に大勢なのではないのでしょうか。
 時折見るTVなどのドキュメンタリー番組なども「まだ途中」、あるいは「あきらめた」人たちも見受けられます。
 地震災害の場合、「被災は一瞬」で、居住家屋も街も破壊され、被災者が「もとの生活水準」にまで立ち直るの
には長い年月を要し、「何かの支援」が無ければ「途中挫折」は言をまたない、はずです。

  ○私たち災害ボランティアは「被災者の幸福」を願ってやみません。
 
 よってここに「被災者生活再建支援法」を、アメリカの「FEMA」などと比べながら、「みんなが幸福になる」
まで、私達はこの問題と向き合い、「法の充実と進化発展・柔軟な適応」を求めたいと考えます。

  ○そして必要ならば災害は「国民的課題」ゆえに、
          

         ☆日本中の仲間と力を合わせ「世論喚起」に努めようではありませんか!☆

なぜ? 「被災者生活再建支援法」なのか?!  

ボランティアの「役割」は?なんなのだろう?! 

(『「FEMA」関連ウェブサイト』・『住宅再建支援制度サイト』は、便宜上こちらで付加いたしました。)

                      ※『「FEMA」関連ウェブサイト』※

05  連邦危機管理庁(FEMA)
http://web.pref.hyogo.jp/syoubou/nagao/2_5.html
米国における地震災害の対応(FEMA)
http://www.townnet.com/tsunagu/fema.html
「和尚さん・FEMA」
http://www.page.sannet.ne.jp/mkimura/tawagoto/01/0212FEMA.htm
FEMAを中心とした災害対策協力体制とIT活用
http://e-public.inforium.nttdata.co.jp/f/repo/256_u0412/u0412.asp


                      ※『住宅再建支援制度サイト』※

兵庫県被災者住宅再建支援制度調査会
http://web.pref.hyogo.jp/hukkou/kyosai/
神戸市震災資料室
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/15/020/quake/keyword/k/k-49.html

(※他にも、良いウェブサイトあります。今回は「政治的なもの」を除き、転載しています。
                       「ご自身の目」にて、他と比較して判断することが必要と考えます。)

と、いうことならば、
『世論喚起』を大胆に推し進め「日本から災害による不幸を無くす!」努力が必要でしょう!
 しかし「どのような活動」が、できるのでしょうか?良く考えて行動する必要があります。

よって
『掲示版  http://jbbs.livedoor.jp/otaku/4364/  にて『被災者支援』に必要な「諸方策」の提案や知恵を
集中して、「みんなで考えましょう!」 みなさんの意見と提案・知恵を、よろしくお願いします。

また、ボランティアも、被災者も、『もっと、勉強しよう!』もあって、当然ですね。
また他にも「交通事故・自殺者・凶悪犯罪など」の日常生活の問題もありますし、『日常生活の防災』など
の問題もあります。「総合的な視野」も、あってしかるべきだとも考えています。

「比較考察」

では上記被災報告に見えるような「法制度支援状況」に鑑み、「求められてある、被災者生活支援・諸制度」を、
考えてみましょう!(当然私なんて至りませんので、「みなさんの知恵」を頂戴いたします。よろしく、お願いします。)


・注意点
・地震や水害などは日常生活に突如訪れる「非日常」であり、被災すれば克服するまで非日常の中に被災者は
 生活する。それは現地行政マンも同じ。
・災害は、あらゆる意味の「弱者」を直撃する。
・日本列島の成り立ちにより、日本国内に「安全」な場所は無い。
・法制度の支援と共にボランティア・NPO・諸団体の支援もある。地縁組織の「絆」もある。役割分担と「支援の
 総合力」を高める「法のための制度」の支援が大事。

(下記、 私は法律家で無いので間違ってたら指摘ください。三十年も前に学んだことを思い出して書いてます。)

 ・およそ日本は法治国家であり司法・立法・行政の三権分立の民主主義国家です。
 よって、憲法・民法、諸法以前に「特例法」がある場合にはまず特例法が先に論じられ、当然行政及び行政マ
ンの対応には「自治法」などがあり、これに順じます。災害が起きれば災害対策法となります。よって行政マンは
「法に基づいて」仕事します。
 なお地方分権・自治及び「収益と配分の均衡」などにより、国の権限と地方各府県の権限などがあり「話はや
やこしくなる」のですが、やはり良き国民であるなら「法律の尊守」は戴くべきです。
 
しかし先に「協調原理・道徳律・歴史風土・宗教性(神仏愛)」などの視点を述べました。
そして「弱者への緊急必要度に応じた支援が必要である」とし、そのような「観点」を提起しました。
また「現地行政・行政マン」も、同じく被災することも常識です。

なお「災害の相貌と規模」により「阪神大震災のような・それ以上の多府県にまたがる広域大災害」も視野に含
めて考える必要があるでしょう。

例えば市町村の小地域災害は首長としての市長に裁量がまかされ、2市にまたがる場合は県府知事の管轄に
なり、2府県にまたがれば????誰の裁量と権限になるのかな???
総理大臣ですか???誰か教えてください!。勉強不測でゴメンなさい!
(これは江戸幕府と諸国大名の関係になるのかな??だったらどうしよう?!)

つづく   (ただ今、勉強中!)


いずれにしろ「快刀乱麻」は「太刀を振るう武士道」にあるでしょう。

『為政者が「真善美」を実行するかどうか?!』

それとも「党利党略のドブ板選挙戦の、政治利用」に、終始するのでしょうか?!
このことは「国民課題としての政治課題」です。諸先生による活発な論議を私達は期待します。
しかしそのことにより「党勢の拡大を目論む」なんてことは「断じて無い・そんなことをしない」ようにお願いします。



『味わひのむさぼりを絶ち、財のほしみを棄て、明らかに訴訟を定めよ。乏しき者の訟は水をもて石に投ぐるに似
たり。貧しき民はせんすべを知らず』。これは聖徳太子の十七条憲法の一節ですが、「貧しき民はせんすべを知
らず」とは、「どうして良いか、わからない」ことであり、「答えを得る為の問いが建てられない」、ことであり「誰に
聞けば良いか、もわからない。およそ被災により困窮する人々の状態に似ています。或いはそれを、さします。



『現場の声を聞きに行く』のは、誰の職掌・職責でしょうか。「被災した行政マン」にそれを望めるのでしょうか?

およそ被災地は「非日常」ですから、日常性を基準として作成されたものでは、およそ「間尺にあわない」ので
はないでしょうか。ならば被災下の「現実に対応する」のに『日常性に依拠する法制度』で間に合うのでしょうか?

法は制度として、整合性と統一を保ち、職員に体現され、日本の全ての人に目的を達成することがなければ、
「不幸の芽」として、絶望や怨嗟に育つのではないでしょうか?

では、実際に「被災地」にては、どのような法制度的個別資金支援があったのでしょうか?
しかし比較考察の、その前に「過去の災害」を、見ておきましょう。

                  「日本の災害」  http://www.kasen.net/disaster.htm

☆では「地震被害」は、どのようであったのでしょうか?

『阪神淡路大震災』  死者 6,433人 負傷者 43,792人 建物全壊 104,906棟 半壊 144,274棟

『新潟県中越地震』  死者    46人 負傷者  4,793人 建物全壊   2,826棟 半壊  12,863棟

『福岡県西方沖地震』 死者    1人 負傷者     750人 建物全壊      38棟 半壊     57棟


                   (ただ今、手元データのみ表記しています)


☆では「水害被害」は、どのようであったのでしょうか?
  
 台風23号(10/18-21)
 台風22号(10/8-)   死者7人 行方不明者2人
 台風21号(9/28-)  、死者26人 行方不明者1人
 台風18号(9/4-)    死者41人、行方不明者4人
 台風16号(8/27-) 
 台風15号(8/17-)   死者7人
 福井豪雨(7/18)
 新潟・福島豪雨(7/12-)
 台風6号 (6/19-)      死者行方不明者6人

他「竜巻被害・高潮被害等あり」

☆では以上合計の「被害世帯・家屋」は、何棟あったのでしょうか?

 (すぐに上がりそうな数字が、なかなか見えません。しばし、「お待ちください!」)

☆では以上合計の「総被害金額」は、どのようであったのでしょうか?

  (上に同じく)

 

   ☆よって、(たぶん)「被災者の増大もうなぎ登りに上がり、「被災者大量発生!」の観があるのです。☆

国家を人間の体に例えるなら「国体」(右翼的表現?!)として、今、日本の国体に「災害ビールス菌」が付着
し「大きな悲しみと大きな負債」がガン細胞となり、被災しなかった者には、他者には「わからない痛みと苦
しみ」となり「日本の国体を蝕んである」のです。この危機的状況を放置しておいてはならない。「日本の国体
の死に至る病」なのです。


(なお「日本の危機管理の、「保険会社的ランク付け」では、日本は先進国の「最下位」にあるらしいです。これ
では、「日本から外資が、逃げていく」ことになります。)

被災地状況

☆では、それらの被害に対して「法的支援制度」は、どのように対応したのでしょうか?
                              「一つの」報告をいただきましたので、紹介させていただきます。

「被災地よりの報告」

☆                    ☆                    ☆                     ☆

1月16日の手紙
昨年、10月23日に発生した中越地震は、新潟県の中でも際立って雪の多い地域を中心に甚大な被害を与え
ました。このことについては、みなさんもTV・新聞などでご覧になったことでしょう。

1月10日から4日間続いた豪雪で、被災地は2m前後の積雪となり、被災家屋はさながら「消雪パイプ」や「流
雪溝」など、地域の冬の生活を支える様々な施設に影響が出ています。こうなると通常の冬でさえ対応しきれ
なくなるのですが、応急復旧がまだまだ多いことから様々な問題も露呈して
きています。

小規模ながら雪崩発生によるよる道路への影響も出ているようですし、春先の融雪期には、大量の雨が降り
続くのと同じ程度の融雪出水が懸念されていて、「土砂雪崩」や土砂災害の再発など、まだまだこれからも気
の抜けない状況が続いてゆくものと思っています。

雪害の発生状況ですが、日常生活への影響もさることながら、雪下ろし中の転落事故、水路への転落事故、
屋根からの落雪に埋没という事故が相当数起きています。東北だけで既に10人亡くなっているという報道も
ありました。
例年だと、こういう人身雪害は新潟がトップで、山形がそれに匹敵し、青森、秋田などが続くのですが、今年
は、新潟が比較的少なく、特に被災地では、山古志で1名転落して怪我をしただけで、死者は出ていません。
人身雪害の要因の大半が「油断」ですから、緊張感が持続しているのかもしれません。逆に気が抜ける春先
が心配でもありますが。



1月22日の手紙
中越地震では義援金が300億円を超えたと聞きました。配分委員会が決めた全壊家屋への配分額は200万円。
総額で100億円程度の支出しか決まってないそうです。住民の中からは「再配分があるのでは?」と期待する
声も聞こえてきます。「それはないでしょう」と言っていますが、被災者が期待する気持ちもよくわかります。

中山間地の農山村であり、『職住一体』(仕事と生活がの現場が同じ場所)の地域であることから、住居の他に、
農作業場(兼駐車上)があり、そこには総額1千万円を超えるような農機具が保管されていたりします。
地震の地割れにより、農地も含め、これら全てを失った農家も少なくありません。

離農する世帯が相当数出ることは間違いないでしょう。これを「機会・チャンス」と見て、「農業経営形態の刷新
を目指す」ことが前向きな復興だと思います。しかし、現実には立ち直れない農家の方が多く、荒地になる農地
が増えることを危惧しています。

やはり義援金の再配分をするくらいなら、「農業復興に当てられないのだろうか」と、個人的には思います。
自宅がつぶれ作業場で鯉と一緒に暮らしている人もいます(262cmの豪雪の中で!)。
「農業再建」=「生活再建」なのです。お百姓さんの多くは、自宅はボロくてよいから、「作業場」を建て直し、
農地を復旧したいと思っているのです。なぜなら、農地が百姓の「富の源泉」なのです。地域の事情を知り、
『地域復興・再生』の視点での義援金再配分方針の決定を願うばかりです。


私は、何よりも「地震後の冬を自分の目で見て、しっかりと経験しておきたい」という気持ちが強く、ただ被災地
域をウロウロして、住民とおしゃべりしているというのが現状です。


2月1日の手紙
昨日から、本年度で最も強い雪の降り方が続いています。今朝も、動けなくなって慌ててチェーンを巻いてい
るトラックが道をふさぎ、 その後ろで除雪車が前にも後ろに進めなくなっている光景が見られました。こうなる
と道路は完全に機能しなくなります。通常15分の通勤時間が、今朝は60分でした。

さて、除雪の大変さを紹介します。
例えば、車を駐車するために2.5m×5mの範囲を除雪するとします。朝起きて、40cmの雪が降っていたとする
と、2.5*5.0*0.4=5立方メートル、重さにすると、500kgとなります。これをスコップで、切りながら投げるだけで慣
れた人でも30分くらい大汗をかいて作業することになります。

天気の良い日ならば、良い運動になります。しかし、これだけ降り続くと早くしなければならないという焦りの気
持ちに加え、顔は冷たく、コートも手袋も帽子もビショビショになってきますから、精神的にも非常にしんどくなっ
てきます。ひざ近くまである長靴も必須です。以上の防寒装備がない人のこちらでの活動は基本的に無理でし
ょう。本格的に屋外での活動を考えるなら、スキーの装備が一番です。

「屋根の雪下ろし」がよく話題になります。私は、未経験の方は無理だと思います。命の保障ができません。昨
日も小千谷で男性が一人、屋根に上ろうとはしご上で雪をつついている途中で落下し、大怪我をしました。慣
れている方でも危険です。
しかし仮設住宅の「入り口付近の除雪」ならば、装備と準備があれば、可能だと思います。ニーズも高いと思い
ます。週末の天気の良い日に愛知から高校生がボランティア経験を目的に雪かきに来たというニュースもあり
ました。

    「雪かき」で気をつけるべきこと、
            (1) 軒の下 (先日の旅館の事故もこれです) 
                       ※屋根からの落雪でなくなる方が後をたちません。
            (2) 水路    ※この時期の水路転落は致命的です。
                        雪が覆っていると落とし穴です。
            (3) 除雪機械 ※小型の民生用除雪機械が普及しています。
                        楽ができて良いのですが、回転する刃がついている
                        ので、操作を誤るととても危険です。この事故もやはり
                        毎年後を絶ちません。

          しかし、「あまり脅かすと誰も来てくれませんよ」と以前に、誰かに言われました。

そう簡単に誰もが事故にあうわけではないのですが、普通に生きている状態にくらべて、注意が必要という意
味です。
地震後の冬を迎えている中越の一住民として、是非全国の方にも、中越がどんな状態にあるのか、1人でも多
くの方に身をもって体験して頂きたいと思っています。



2月2日の手紙
昨日は雪により、久しぶりの大混乱でした。夕方、7時に帰宅の途についたのですが、通常15分の道のりが3
時間でした。降り続く雪に、「除雪」も「融雪」もおいつかず、「圧雪」が道路にでき(踏みしめられたカチカチの
雪です)、ところどころそれに穴があいて、「ラリーカー」でも走れないような悪路になりました。

滑りやすいため、トラックも一般車両も、あちこちでスタックし、あるいは横転し、それが道を塞いで通れなくなり、
そのため除雪も滞り・・・。という悪循環に陥りました。
それでも私は早く帰りついた方のようです。10時について、「駐車場の屋根は耐雪1mよ」と、家人に指摘され
1時間ほどかけて吹雪のなか雪下ろしをしました。ある人は深夜2時までかかって屋根の雪下ろしを半分して、
早朝5時から、残り半分を済ませて通勤してきたといっていました。非雪国の方には全く想像できないと思いま
す。無理もありません。

雪かき体験、是非してみてください。ダイエットには最適。運動不足解消にも、もってこい。天気がよければ、
白い雪に青い空。雪が降ると空気がきれいになります(雪がゴミを全部吸着してくれます)。残念ながら滅多
に晴れませんが・・
足が冷えると仕事になりません。私は、ふかふかの中敷を長靴に入れていますが、それでもつま先やかかと
が冷たくなってきます。経験しないとこれも想像し難いものでしょう。

除雪ボラですが、あんまり人助けとして重く受け止めていただくより、単に「除雪体験」を主目的として、豪雪
地の人と一緒に汗を流して頂けると、それはそれでとても良い被災者応援になると思います。
仮設のおじいちゃんおばあちゃんも、慣れてくると「話したくて話したくてしょうがない人」もいますから。とめど
なく「被災自慢」が始まります。

2月6日の手紙
雪国の暮らしの楽しみに「雪洞」(雪ぼたる)があります。雪の壁から、仮設住宅に入るアプローチに沿って、雪
洞がほんのりと輝いていたら、つかれきった住民の方も、心が和みま。実は、昨日ある大学でも、何人かの学
生が、斜面にロウソクと立てていました。ほんと、それだけで人が集まってくるんです。
あちこちの雪祭り、中止が相次いでいます。みんなで「非公式雪祭り」決行しようか?!などと話したりしてい
ます。


2月9日の手紙
「被災者支援」制度などの、どんなルールも、必ず悪用する人は出ます。そういう輩を排除しようとするとどん
どん法律は細かく、わかりにくく、運用しにくくなりますね。

私の実家の話をします。川口町和南津(例のSOSの、激震ゾーン)の両親が住む実家は、全壊認定となりまし
た。大工と私と相談し「修復可能」と判断し、親の意向を尊重し、全壊家屋を修理して済むことにしました。

75歳と73歳の両親は、年収500万円未満ですから国からの生活再建支援金300万円+県負担分100万円の
助成資格があります。国の300万円のうち200万円は解体・撤去費、70万円は生活再建物資(炊飯ジャーや
食器棚など)、30万円は暖房器具等です。『このお金は用途が決められてある』のです。

川口町は、町として解体撤去を町が行うことを決めましたし、我が家は修理を決めたので200万円は不要です。
家の中が相当やられていても、もともと質素な暮らしですから、70万円もの家具や電気製品は必要ありません
し、30万円ものエアコンやストーブ(台数制限あり)は、どこを探しても売っていません。

結果どうなったか。70万円満額を使い切るよう、明らかに不釣合いな高級FAXや、両親が入ることができそう
な大型冷蔵庫を買いました。
お断りしておきますが、私の両親は、救援物資が来たときに、それが不足していても欲しいものでなくとも、「あ
りがとうございます」と言える善人です。応急修理で壁紙も貼っていないベニヤ板に囲まれた居間で、「家で正
月が迎えられるなんて、本当にありがたい」といっている小市民です。

私は純粋に思いました。
 ☆「高級FAXや高級エアコンは買ってよいのに、なぜコンパネ一枚、柱一本買えないのだろう?」

我が家の土蔵と、住宅の一部は完全に倒壊しました。結局、公的な解体撤去を待たず、親戚から「支援物資
だよ」といってもらったチェーンソーを持って、自力ですべて解体しました。

最近わかったことがあります。「生活再建支援制度」というのは、名前が不適切です。「解体撤去推進支援制
度」の方がふさわしいように思います。

家の"修理"を決めてから、災害救助法に基づく「応急修理制度」の160万円(国60万円、県100万円)の活用を
検討しました。しかし、この制度は「大規模半壊、半壊」にしか適用されません。
12月に入り、「豪雪地という特殊性に鑑み、全壊にも適用できる場合がある」との瓦版が回り、住民は色めき
立ちました。すると多くの人が役場に殺到し、「私の家はどうだ・・・」と交渉しますが、町役場では「当たらない
と思っていた方がいいよ。県職員が見に来てからだから、冬には間に合わないよ」という説明。
結局、国の意向と、県の被災者寄りの見解が一致しないまま県独自の制度柔軟運用を見切り発車した結果、
「役に立たない制度」になってしまったのだと思います。


今回、中越地震で突きつけられたもう一つの大きな課題は【時間】です。豪雪で既に90棟を超える建物が倒
壊しました。住民は、こういう事態を当然予見し、不安を感じていました。だから、冬までの限られた時間のな
かで、どうやって、豪雪に耐えられるレベルまで、修理するかあるいは補強するか、ということを悩んでいまし
た。従って、国の応急修理制度の説明に、『すがるような思い』で、出かけていったのです。
応急修理制度の事務手続きは次の通りです。

(1) 住民が市町村へ『申込書』を提出
(2) 行政が「指定業者」を斡旋
(3) 住民が委託業者へ見積作成依頼
(4) 業者が住民に『見積書』を提出
(5) 業者が行政に『見積書』を提出
(6) 行政が業者に『修理依頼書』
(7) 業者が住民に修理依頼書交付を連絡
(8) 工事開始
(9) 業者が行政に『工事完了報告』

これを見ただけで気が遠くなります。さらに、(5)には工事明細と写真添付、(9)には施工前、施工中、施工後の
写真を添付、とあります。
「税金投入」と「不正防止」等の原則論は理解します。しかし、これだけの手間と書類作成と写真を撮っている
間に、次々と直していって欲しい、とおもうのは私だけでしょうか。
「罹災証明」が出たのが12月に入ってからですから、

いつ豪雪がきてもおかしくない状態でした。時間がなく、大工の手が足りず、資金の目処も経たない状態で
これだけの手続きを求めるというのはどうかしています。

「災害救助法」の「応急修理」に何故、通常公共事業と同等の手続きが必要なので
しょう。

被災した、中山間地の奥の集落では、やっと通るようになった公共バス(一時間に一本でれば良い方)に乗っ
て、市役所に来て、なんとか支援を受けたいという住民の列にならび、なんと6時間も待たされ、ようやく一時
間の説明を受け、さまざまな制約から結局ほとんど「生きたお金」は投入されないことを知り、情けなくすごすご
と帰宅するというやるせない光景が繰り返されていました。

実家でも繰り返し言われていたことです。「相当研究しないと・・・」、
研究しないとわからないような「制度」っていったいなんなのでしょう。

大事なことは、「適切に支出されたか」であって、「適切に申請されたか」ではないはずなのです。

最初の話に戻りますが、「何のための誰のための制度」で、どういう手段をとったら生きたお金として、被災者
に感謝される支援になるのか?!
考えるべきことの優先順位が、どこかで狂ってしまっているように思います。

ちなみに、我が実家は、家の修理に対して、応急修理制度も生活再建支援制度もあてにならないので、難し
いことを言わない義援金と県の助成を使わせていただいて修理しました。それでも決して余るわけではなく、
貯金を切り崩してということです。
実家の事例は特殊ではありませんし、程度としては、「まし」な方です。もっともっと困ってらっしゃる方がたくさ
んおられます。

四月初旬の手紙
福岡県西方沖地震の、玄海島の映像を見ていて、「山古志と同じじゃないか!」と思いました。傾斜地に張り
付くように住宅が建てられ、斜面の切土を斜面に盛って石垣で押さえている。それが地震で揺さぶられて崩
れ落ちている。全く山古志と同じ状況です。

さらに言えば、高齢化率の高さ(推測ですが)も全く同じ状況であり、漁業をやっているか、棚田をやっている
かの違いだけです。

被災地の復興にかかる年数を考えると、現実的に「村に帰りたいが帰る家がない」という高齢者の受け入れ
の仕組みを考える必要があります。玄海島も山古志でも、公的資金の投入はなかなか厳しい状況にあります。
だから、なんとか国の補助制度等の既存のスキームでの資金投入を検討せざるをえません。

最後は、地域が判断することですが、山古志にせよ玄海島にせよ、「うまく」復興してゆかないと、日本の7割
を占める中山間地の衰退が一気に加速するように思います。



5月18日の手紙
中越地震では「山古志村」ばかりが注目されていますが、ある意味で「塩谷地区」は、もっと悲惨だった場所
です。道路除雪ができず、住民は雪の中を歩いて帰るしかなかった場所です。腰まである雪の中、かんじき
をはいて、片道2時間半を歩き続ける大変さを皆さんは想像できるでしょうか。
避難勧告が出たまま冬を迎え、雪下ろしに帰りたくとも帰れず、大切な家を守りたくとも守りきれなかったので
す。



5月31日の手紙
【その後1】 わが実家では、年が明けてから、「全壊家屋にも応急修理制度が使えますよ。写真があれば大
丈夫ですよ。」と、役所から知らされ「全壊は修理費は出ないって言ったじゃないか。あの面倒な手続きはなん
だったのか。もう終わったからいらないよ。」、と思いつつも「そう言わずに、もらってください」ということで、めで
たく修理費は頂いたようです。

【その後2】 確定ではありませんが、山古志を含めて雪の重さで250棟以上の建物が倒壊しました。
ほとんどの損壊家屋が、雪が解けるまで、応急補強すら手がつけられませんでした。
あとのものは必死で雪下ろしして守り抜きました。

【その後3】 義援金は各地で2次配分しています。長岡でも一部損壊に4万5千円という話しが流れています。※少しずつみんなにわけるよりもっと有効な使い方があるのでは?

【その後4】 3月22日に小千谷市の仮設住宅で孤独死がありました。54歳男性です。生活再建の目処が
立たないことから、義援金を切り崩して、毎日飲み屋に通っていたそうです。孤独死というより失望死あるい
は絶望死というべきでしょうか。

【その後5】 2月1日、小千谷市の54歳の大工が、屋根の雪下ろし中に転落し雪に埋もれ、窒息死しました。
その他にも、疲れきった大工さんが車の事故で亡くなったとも聞いています(報道されていないようです)。
震災関連死という呼び方はありますが、復旧関連死というべきでしょうか。雪に関わる事故で、新潟県だけで
26名、全国では103名が亡くなりました。福知山線の事故に匹敵します。

(少し長くなりましたが、現地状況が伝わるので少しHP用に編集いたしました。
                                      お亡くなりになられた方々の冥福を祈ります。)

『乏しき者の訟は水をもて石に投ぐるに似たり。貧しき民はせんすべを知らず』

およそ災害を、何度も繰り返し繰り返し被災する人もいない。しかし「新潟は自然災害の総合商社」と言われる
ほどの被災となった。2度の水害と、極めつけの群発地震と、ゆっくり重くのしかかる雪害である。死者数の少
ないのが幸いであった。しかし、地域にては連続的に被災した。このことの精神的・経済的ダメージは大きい。

「災害パニックにある被災者」を、経験豊かなボランティアが補助することができるようになってきた。ボラン
ティアは共助の一翼を担う。「被災した本人がボランティア」の、支援も広がる。なかには、短期間で克服した
人もいる。共通体験だから、想像に難くない。気持ちは通じ、おかれた状況を鑑み、場合によっては被災者の
気づかぬ内に、心理を把握することもあるかもしれない。先手がうてるのだ。

「災害発生」すれば被災者はたちまち困窮の極みに落ちる。めったに体験することの無い物理的環境におか
れ対処方法がわからない。わかっていても動けない。また「生活のありかた」も、同時に激変する。
「避難する!」どこへ?歩いていける所に安全な所はあるのか?そこは安全なところか?「決められた場所」
なのか?!地域の共助があるまで、倒壊家屋の下敷きになっていた人も大勢いてた。一部の人が圧死した。

「被災体験のあるボランティア・活動経験のあるボランティア」は、被災地で被災者に奉仕することに優れてい
る。
「現場にても・避難所にても・仮設住宅にても・生活再建の始めも途中も、被災者と共に学びながら「再建・
自立」する。それはガキンチョボランティアから大人のボランティアへの発展過程であるかもしれない。

「私には被災直後のボランティア経験がほとんど無い。」できればみなさんで「こんな仕事がボランティアの
仕事だよ!」と、私にも教えてください。「僕は・私は、こんなことをした」んだと。

 ◎よって、「災害ボランティア」は、被災者の「傍にいる」ことが、求められてあるはずです!。

「仲間を守れ!仲間をたすけろ!」って、日本じゃア・タ・リ・マ・エ! の、ことだよね!。

 下記は関心あれば、見てください。なに、わたしの駄文ですが「聖徳太子 十七条憲法」を題にとって書いた
ものです。意外と知っている人に出会わない。話の種に、どうぞ!このページにこられた方へのサービスです。

《 十七条憲法 》
「聖徳太子殿は偉大なお方じゃつた。仏教に教えを受けこの国を理想国にしようとなされた。【中華の国】にならび劣らぬ国にこの国をなされようとした。あの方にはその力があった。
この国は生まれたばかり、まだ北の国の蝦夷さえ、南の隼人さえまとめられぬ。機会あらば盗んでしまおうと異国の国盗人は狙うておるぞ。乱は避けねばならぬ。戦争などせぬほうが良い。」
 「さようでございます。」
 「まず国を治める法、その為の『基』となる法をまずもってしろ示されたのじゃ。憲法は法の為の法。建物を建てるための礎石と考えれば良い。柱を立てるために据える石のことじゃ。政も国の建設もここがしっかりしておらぬと途中でこけてしまうでな。肝心要じゃ。」
「はい。そのところは良く心得ております。」
 「そなたを見ていれば解る。その心配はしておらぬ。話はまだ続くぞ。
太子殿の憲法は厳しき宣りじゃ。古きいにしえの神々より思いを巡らせ、高天原に集う我らがご先祖様のことをも考えておられる。 中臣は代々神に仕える家なのじゃ。しかし儂は太子殿に強くひかれた。そして学ぶ内に太子殿の夢である天寿国に、儂もあこがれるようになってしもうた。
鎌足は一瞬、宙を見上げその人を想念する。
「では憲法の要諦をお前に話そう。第一の『和をもって貴しとなす』、とは孔子の論語の一説じゃ。第二の『上和らぎ、下睦びて、事を論らふにかなうときは、事理自らに通ず。何事か成らざらん』と、申される。およそ各々の指導者達がみんなのためになることを考え、仲良く論じ合えば何か素晴らしいことができる。その教えを簡単に纏められた。

祝詞は覚えたか」

 いきなり祝詞に話が移ることに不比等は違和感を覚えた。しかしすぐ後に話の続くのを悟り返答する。
「はい。高天原に神づまります。皇が睦、神ろぎ神ろみの命もちて、八百万の神たちを神集え ……。」
「良きかな。太子殿もそこより考えを巡らせておられる。『のりと』こそ美しき、厳しき宣りじゃ。ここに言葉の秘密のしくみがある。それがこの国の秘密でもある。良いか、言葉とは言霊である、とするところにこの国の心があるのじゃ。
祝詞は、宣り、宣説き言、壽言じゃ。良きことを言う。悪しき言、禍々しいことは言うてはならぬ、心映えぞ。
日の本は言霊の幸ふ国、たすくる国ぞ。祝詞は神々に乞い願う言葉じゃ。
儂は釆女の安見児を娶った。歌うた。好いた者と一緒に暮らす。嬉しかった。
『我はもや安見児得たり皆人の得かてにすといふ安見児得たり』と。
皆の者は馬鹿にしおった。これが歌かとな。しかしそれが儂の心映えであったのだ。
 政治は政り事、奉り事、まつろう事じゃ。祭ろうことであり、仕えることじゃ。儂はそう考え日に仕えておる。」
「まこと父上様の申されるとおり。」
                                         <「古事記新考」 次田潤 明治書院 >

《 太子と三宝 》 
「では『篤く三宝を敬へ』ということの意味はわかるかな。」
「はい。仏・法・僧を尊敬せよということです。」不比等は快活に答える。
「このことにはもっと深い意味がある。およそ国家とは君・臣・民により成り立つ。君とは、すなわち仏であり、臣とは菩薩であり僧である。民は衆生を指す。 君は仏を戴き、臣は法を戴き、衆生は僧を戴く。                                                  <「日本仏教史」 速水侑 吉川弘文館>
 
 「仏は真理であり、菩薩の行いは善であり、仏・法・僧のおるところは美しき荘厳国土となる。わかるかな。」
「いえ、そこまでは考えが至りませんでした。」
「 無理もない。しかし学ぶうちにわかるようになる。 では続けるぞ。
三、『詔を承りては必ず謹め。謹まずば自ずから敗れん』私ごとは政ごとにかなわぬのだ。政とは公の事、みんなの事と考えるが良い。自分ひとりが美味いものを食おうとしても美味くいくまい。
四、『群卿百寮、礼をもって本とせよ。百姓礼あるときは国家自ら治まる』
 いただきます。ありがとうございます。

五、『味わひのむさぼりを絶ち、財のほしみを棄て、明らかに訴訟を定めよ。乏しき者の訟は水をもて石に投ぐるに似たり。貧しき民はせんすべを知らず』
 貧しき者の言い分を聞いてやれ。わかってやれ。そしてどうすれば良いのか。何をすれば良くなるのかを教えてやれ。

六、『悪を懲らし善を勧むるは、古の良典なり。君に忠なく、民に仁なし。これ大乱の本なり』
 悪と善の区別、違いはわかるか
七、『人おのおの任あり。事、大少となく、人を得て必ず治む」
八、『早く朝り、おそく退でよ。急なるにおよばず、必ず事尽くさず』
九、『信はこれ義の本なり、群臣信なきときは、万事悉く敗れん』
十、『人の違ふを怒らざれ。人みな心あり。我必ず聖にあらず。彼れ必ずしも愚にあらず。共にこれ凡夫のみ。
十一、『賞罰を明らかにすべし』

十二、『おさめとることなかれ。国に二君なし。民に両主無し』

十三、『諸々の官に任ずる者、同じく職掌を知れ。公務を妨げそ』
十四、『嫉妬あることなかれ。智、己に勝るときは悦ばず、才、己に優れるときは嫉妬む。
それ賢聖を得ざるときは、何をもってか国を治めん』

十五、『私を背きて公に向かうは、これ臣の道なり。上下和ひととのほれ』

十六、『民を使うに時をもってするは、古の良典なり。それ農らずば、何をか食はん。桑とらずば、何をか服ん』
十七、『それ事は独り断むべからず。衆と相弁ふるときはこと則ち理を得ん』
                                <「聖徳太子」 坂本太郎 吉川弘文館人物叢書>


        (☆ポツダム憲法には、平和を歌っても、日本の良心がありません。)


私の駄文です。まだ書き掛けなのですが、「暇してたら」、みてください。  『天寿国の末裔』


☆では、昨年と今年に限って言えば『被災者生活再建支援法』及び『諸制度等』により、どれだけの「財政出動」
が、あったのでしょうか?支援総額は「いくら」になるでしょうか?

 ・一般会計予算には「被災者」そのものへの財政支援的枠組みは無い。
 ・被災者に対しての財政支援は国の災害対策費 の中の被災者への生活支援として確保されている。
 ・前年度は261億円が支出された。

☆では、それは日本の国家予算、約82兆円の何%にあたるのでしょうか。

 平成16年度補正予算における災害対策の概要

 1 災害の復旧
  ・災害復旧等事業費8,569億円
  ・一般公共事業関係費2,347億円
  ・災害廃棄物処理事業費241億円

 2 被災者への生活支援
  ・災害救助費負担金179億円
  ・災害援護貸付金39億円
  ・災害弔慰金等負担金2億円
  ・被災者生活再建支援金41億円

 3 被災者への生業支援
  ・国民公庫出資金202億円
  ・中小公庫出資金281億円

 4 救助活動経費
  ・警察活動47億円
  ・自衛隊活動54億円
  ・消防活動億37円等

 合計 1兆3,618億円

☆では「これって、多いの?少ないの?適正数値なの?
           他より支出があっても「約3%」ですね。         (17年度の数値は、まだ出ません)
      
             ☆☆☆ 私はセ゛ッタイ「少ない!」と見ています。 ☆☆☆
  
何故なら「政府は一般国民に高い税金を押し付けて「高額所得者への累進課税を、果たしていない」し、税金
とは別に「自衛のための保険に入りなさい」と言ってるのですが、だったら税金の内に保険制度を国家政府がし
ておけば良いものです。「およそ国庫は、国難のための備え」であって、「お役人が好きに使う」ものではない
はずです。(当然「議会承認」があってのことです。が。)ならば「新聞・週刊誌に出てくる不祥事」や厚顔無恥
な「居直り」行為は、一般国民に恥じぬ『公明正大』な行為でしょうか?。         (ガンバレ、タケシ!)
 

「モラルハザード」が日本列島を覆う中で、「被災者支援」は一点の『希望』であって良いものです。


それがこの数字であるのなら、誰かが 「国民を食い物にしている」と、言われても反論できない。
       (およそ国家も府県市も外郭団体も「豪勢な宿泊施設」を有する。被災者に開放しただろうか?!)

公務員の数は、・国家公務員約615.3千人 ・地方公務員  (数字が出てきません)
  よく言われる平均人件費=約1000万円  これに準公務員を含めると、 750万〜900万人になるそうです。
では約800万人と仮定して1000万円で、8.000.000X10.000.000=80.000.000.000.000.−
これってなんぼ?私はソロバン下手?!えぇ!これって80兆円。うそやん!「国家予算と同じや!」うそや?!
    で、ただ今ウェブサイトで「40兆円の答え」を見つけた!
けれど、これは「政府広報」ではないみたい。でも答えに近いかもしれない。これなら公務員の平均年収は
500万円ということで「納得できそう」です。しかし40兆円は国家予算のおよそ半額になる?!

☆☆☆(これでは災害以前に日本は「公務員給与」で滅びそうです。
『どなたか私に「本当のこと・数字」を教えてください。政府発表の数字を、よろしくお願いします。』)☆☆☆

ですが、一般的に「商売なら、給料の10倍の売上が必要」ですね。では、お役人の仕事は、一人平均「年間
一億円の売上」に、値する『商売』でしょうか?(夫婦共稼ぎなら凄〜い!シノギ・稼ぎになる!。) 
 (現在GNPを押し上げていますか?。ならば「郵政民営化」の議論は、なんなの?。『不遜』な話ですか?)

 
        「(そんな話を国会でしてるなら) 『災害と、被災者支援の話をもっと、して欲しい!』


確かに「国家予算」の発動と「国民経済」と「国民総生産」や「公務員給与40兆円」は世界経済の中で複雑な
相関関係の中の数値であり、私などの論ずるところではないのです。また、私の頭脳では理解できません。

およそ「仕事だからできること」と「ボランティア活動」は、別もので、「言われたって出来ないこともある」のです。
ボランティアは「お金もらったら、できない」こともあるのですから。


「大災害と斗かう!」ための財源が無いのなら「お金持ちの聖なる義務」(累進課税)を果たしてもらってもいいし、
「公務員給与」を何%かカットして作れば良いのです。『議員年金なんか(自身より)返上して、被災者の役に立
ちたい!」という議員先生の一人もいないことが、やがて「この国を滅ぼす?!」のかもしれません。
(額に汗して、ドロや油で汚れる若者と、TVでスポット浴びてる若者と、その給与格差。……何なの???)
     (被災地に長期活動に入り、一日1000円未満で過ごす若者達を、私は何人も知っている!)

始めから「不公平」を前提に、「自衛義務」を言われても「一般国民に保険加入能力は低い。」
と、私は考えているのです。
 およそ500万〜1000万円の年収が、一般国民の全ての人にあるのなら、みんな喜んで保険加入をいとわ
ないでしょう!でしょうけれども、しかし現在「年間所得500万円」を区分線として、或いは、「100万円」単位
に区切りながら所得層を割り出したなら、どのような人口配列になるのでしょうか?

国家財政の底辺を支える貧乏な一般国民の願いと祈り、「小さな幸福」を……
                            ……災害になど、破壊されてはたまりません。

では「私のような年間所得が300万円以下のような者・貧乏人に「地震保険」に加入できるでしょうか?
自慢できないけれど(むしろとっても恥ずかしい!)、「生命保険・火災保険・地震保険は」何年も前に解約して、
生業・商売を延命させています。これが「生活の糧・富の源泉」なら、卑小であれ、私は守るしかない。
およそ、一般国民とは、広範な「低所得者層」であるのでないのでしょうか???

しかし、およそ行政担当者は、そのような「お役人」の立場から「災害と被災者」を、見ている。そこに大きな間
違いがある。(労働貴族も、同じだ!)
なお法にもとづく「公平原則」が、「誰を見ても同じ」ロボット的な対応になるなら「不正は逆に、はびこる」。


「FEMA」やアメリカの法制度的支援には、「セルフガバメント」と同時に、根底にキリスト教のプロテスタンティ
ズムがある。(M・ウェーバー(プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」) 
「競争原理」と、それを補完する「協調原理」が自ずとあるのです。法制度の底流に社会的弱者への「愛情」が
流れてあるのです。このことは同時に不正をも懲らす・減らすことに有効です。


しかし日本にも「大悲・大慈」の慈悲という精神があるはずだ。為政者はそれを忘れているのではないか?
どんな、何処の国の憲法・法律にも精神的支柱なり、道徳律があり、それが根拠です。それは「罪を憎んで人
を憎まず」の言葉にも表れてあるし「汝の隣人を愛せ!」が「愛するものの為に戦え!」ともなるでしょう。
法制度は「何が目的なのか」が問われ、「何を貫徹し、具体化するのか」が、問われなければ、何の施策も
無駄になってしまうのではないでしょうか。

いま、日本の国体にはびこる「ウィルスと癌としての災禍」の完治にむけて、活動を活性化・具体化しなければ
「来る大災害」に対して対応できなくなるのではないのでしょうか?。

あるいは観点を変えて「被災者生活再建支援法制度」は富者・強者を守るために有るのでしょうか?
目的が「弱者の救済・支援」にあるのなら、「緊急必要度」がそのようにあるのなら、「為政者の立場」は、弱者・
強者のいづれに立つのでしょうか?
それが弱者の為にあるなら「万人の平等は、万人の不公平」でしかないのだから、「弱者の立場に立ち」行為
することは論理的帰結だと考えるのです。

およそ賢明な「行政マン」であるなら、自らの良心(神聖・仏性)に基づき気づき、「被災者に奉仕してある」でし
ょう。「能力に応じて生産し、必要に応じて配分する」ことの、その『配分は「国庫」を預かる者には可能である』
はずです。(マルクスも、汝神性、気がつかづ、五七五)

しかるに「被災弱者」を社会的敗者と見下し、災害対応を「想定外の余分な仕事」として、自己の保身のため
職掌と業務過失を恐れ「担当者に職責を押し付ける」お役人の姿は…、あるのか無いのか?!
みんな見てる。国民も、ボランティアも見ています。そして「英断の下されるのを待望しています。」

それは
『法・制度に真・善・美の、「こころ」が徹底されること』。被災者の前に、困窮する者の前に、「窓口に呼びつけ
る」のではなく「為政者より進んで前に歩み寄る」こと。『被災者支援の法制度が、行政マンに体現する」ことに
他なりません。


私は一方で04「N市の水害」の時に「土・日ごとに500人づつ」公務員さんがボランティアと共に「ヘドロ」と
戦ったことを私は知っています。(私も参加させていただいた。)夏の盛りに泥まみれになりスコップしていた。
自衛隊の皆さん。消防署・団のみなさん。警察官のみなさん。公務員のみなさん。地元のみなさんもいました。
高校生も中学生も子供もいた。大人も老人もいた。聾唖者の家族もいた。障害者も程度により参加していまし
た。「みなさん、ごくろうさまです。」

大震災の時に奈良の事業所でも連日の作業に血眼になりながら刻苦奮闘していた職員さんを知っている。
ユニセフや赤十字に災害の度に義捐金を届ける職員さんも私は知っています。
およそ「人の世だから、いろんなのがいて、あたりまえ。」良い子ばかりじゃ肩も凝るでしょう。


そして、☆☆このHPの中にも「ボランティアと一緒に写る、現地活動もしている「大臣」の写真が2枚ある。☆☆
                 
           ☆☆☆「こころより、みなさん、ごくろうさまです。」☆☆☆

いま、国民総参加で災害による「小さな不幸」を一つづつ退治しておかないと、小さな不幸が沸点に達した時、
他者に、社会に感染しないでしょうか?!
    
(若者の一酸化炭素中毒自殺事件の「頻発」は、過去の「死のう団事件」を思い起こします。経済至上主義が
利潤追求のみが優先され、「人間と、日本の心」が忘れられる時、あまたの犯罪と不祥事が発生するのでは
ないのでしょうか?)


☆災害と言う名の病魔は日本の国体を蝕んでいる。にも拘らず、『災害は忘れる間もなく、やってくる!』。☆


(自慢できないけれど、多くの災害ボランティアは貧乏人です!お金はないけれど「元気と愛情」がある!)
(読み返すと「卑屈な私」が、見える。いややな!しかし、この論点を堅持しよう!)

現在的、法制度的「支援状況」  

「スーパー広域災害と、戦うために!」(=『国民・国土防衛法』を、創出しよう!)

『組織論と主体性論』<みんなが主役のパワーのベクトルを作り出そう!>
・日常と非日常、『非常事態の認識』
・「大災害の相貌と規模」基準としての「阪神淡路大震災」(インフラの寸断と広域性、寸断・分断される社会、
人間の絆の地域的あり方
・「98パーセント地元救助能力」=『地元の災害対応能力を高めよう!まいど!毎度のお付き合い!」
「大災害と斗かう!」・「即、反撃する!」『アクティブなボランティア・ネットワーク』
「分断されても、アメーバ−・蜘蛛のように、「即再生」する、ボランティアのモラルとネットワーク」
・「被災者・経験者は、大災害と斗かう、大きな戦力」≪災害を撥ねつけ、克服する力≫
   
よって「被災者生活再建支援制度の充実を!」

・赤十字社による方法論と、国境なき医師団の方法論
『博愛と人道の世界的な組織化』(J・Sピクテ)(佐野常民)「組織力対応」
『人間として関与する・告発する義務』情熱的「被災地突撃力・対応能力」との結合


法制度・国境を超える「ボランティアのパドスとフットワーク」・『先駆性』

・乏しき生活費を切り詰め、自らの肉体を傷めつけ「被災者に奉仕する」名も無きボランティアに栄光あれ!

国家公務員定員

 およそ「被災地支援・被災者生活再建」は、「自助・共助・公助」の「総合力」で、『総合的支援』であるでしょう。
全ての人々が「大災害と斗かう!」ことによるほか、日本国も、日本に暮らす全ての人々の幸福も「守る」こと
は叶わないでしょう。では、このことを空論として、笑い飛ばすことができるでしょうか?。
 
 私は「ボランティア」であり、まだまだ至らぬ者であり、自己の非力を見るにつけ「公的支援」がなければ、いつ
かボランティアも「災害が、忘れる間もなく次々に来る」状況の中で、「消耗戦」の渦の中に飲み込まれ、「あら
ぬ方向」に進んだり、あるいは疲れ、または腐り、自滅するのではないか?!という不安を抱えています。
 (ボランティア燃え尽き症候群)
 
『災害は、忘れる間もなくやって来る!』しかし、およそボランティアは自己の生命活動であり、生活を抱えてある
ならば、「無理はできない」。出たり、引っ込んだり、しながら、動ける時に有機的な組織活動の中で居場所をそ
のつど見つけては、「なにか」仕事をみつけては、その消化に邁進します。しかし「限界」をいつも恐れています。

およそ「人・物・金・情報」と言いますが、ボランティアは自己の「稼ぎの内の活動」しか出来ないのも事実です。
およそ「仲間」の浄財や、企業による資金カンパも、活動が長引けば、現場が大きければ資金は枯渇します。
およそ「ボランティアなんか、たいしたことない!」と、私も常々感じています。

「ボランティアはモラルは高くとも、生命への奉仕に汗を流すことは厭わなくとも、お金が無い!」

しかし、「国家政府は人・物・金・情報+法権力」を、合わせ持つ。およそ「災害現場」にボランティアでなくて、
「公務員」の姿があるほうが、はるかに効率的に統一的に対応が出来るのではないだろうか?そう、考えます。
このことを空論として、笑い飛ばすことができるでしょうか???。(事実そのような所もあった。) 

「一割動員!」でも7〜9万人!「お仕事」で、できる。「出張費」も、つくでしょう。「公費で全て賄える。」

(だから、だったら、ボランティアへの「冷ややかな視線」はなんなのだろう???も、納得できる。
「ボランティアはアホや!」の、一語にもつきる。) 

よって『災害ボランティアの仕事・役割は、公務員が担う!。』のが、すっきりしている。違うかな?!。
  だったらボランティアは『知らぬふり』、それは違う。

           ☆だから、やはり、『みんなの力を合わせよう!』が、正しいだろう。☆


では法的支援はどのようにあるのでしょう?。

『災害は、小さな大きな、不幸の芽』

『ボランティア・産官学民軍の、国民の大同団結による、                      大災害 vs 「総力戦」の陣形を構築しよう!』   

官民一体なり「産官学民の協働が言われても「ボランティア産官学民軍」はあまり言われない。まして「災害に対
して国民は大同団結しよう!」などとも言われない。これって、不思議?。

私は「現場参加」の時に何度も「自衛隊のみなさん・仲間」が、先に現地に入り、ボランティアも参加できるよう
に道を開き、障害物を片付けてくれているところを見ている。また、ボランティアの手に負えないことを率先して前に自衛隊のみなさんが活動しているところも見た。
およそボランティアはプロの体力と技術に及ばない。
 
「ミリ−ツ(国民皆兵制)か、ミリタリズム(国軍徴兵制)か」(アメリカの州兵・退役軍人)
アメリカの「戦争映画」は、単純明快な「防衛(防災)」対策の、繰り返す「イン・プリンティング」(記憶への刷り込み)
国民の義務の刷り込みであり、繰り返し様々なものを見ると「危機への対処」すらできるようになる。
総力戦としての「史上最大の作戦」(ノルマンディー上陸作戦)に、敵を大災害に置き換えて考えてみる。
戦略と戦術・目的と目標、人員の配置、物資の輸送、攻撃と防衛、戦線と拠点、武器と効果、組織力と突撃力。
近代戦は「電子戦と総力戦」である。しかしそれを遂行するのは、一人一人の兵士である。

およそ「百戦錬磨」は戦闘の体験であり、現場を踏む数をさす。
(戦争と平和は政治過程の結果でしかない。人も国も世界も、同じ時間の発展途上にある。)
「ミサイルの打ち込み・敵兵上陸・≪繰り返す災害≫」に、日本国民はいつまでも「無関心」でいられるだろうか?

自衛隊参加の「防災訓練」の活動には大きな意味がある。

「災害による不幸」を、ただの一つとして、見逃してはなりません。
放置すれば「国家不信」という名の大木に育つでしょう。モラルハザードが日本列島を覆い尽くすようになれば
不幸はドンドン感染して拡大します。そのことは「大きな不幸」に他なりません。

           私たちボランティアの望むのは「みんなの幸福」であるはずです。
                          
「不幸の芽」が、そこにあるなら、見つけたなら、すぐに『退治』して、『みんなで幸福になりましょう!』
          災害のみならず、さまざまな問題も「正面」から立ち向かうべきでしょう!

大災害 vs 法制度 =人・物・金・情報+権力の発動! 

「法律・法制度=権力の行使とシステム」

・そこに「凶悪犯人」がいるなら、警察官が「タイホ!」して、裁判にて裁判長が証拠に基づき検察官と弁護士の
意見を聞き、量刑を決定して被告に「刑に服し、反省してもらう」。のは「刑法と制度」です。すなわち、「悪を懲ら
しめ、退治する」。その悪事を計るのが「法律」であり、この場合は刑法であり「逮捕して、ブチ込む」するのは
法制度=権力の発動・行使です。よって「法は、権力なり」です。
よって「災害」も、それによる「不幸」を「退治する」『法制度』があるのです。その権力の行使は行政であり、
公務員が、直接的な担当者となり、窓口は「市役所・役場・出張所」となります。
 なぜ「窓口」かと言えば、自主「申告」が原則だからです。よって「言わなければ、してくれない」て゛当然と
なります。そして「制度」の細部に至っても「法が支配」するので、たいへんややこしい・動きにくい。
                (よって窓口に担当能力がなければ、言っても意味が通じない、ことにもなります。)

『日本国憲法』




では、「災害をめぐる、法制度」は、どのようにあるのでしょうか?


「災害対策の歩み」  『わが国の災害対策(内閣府)』H12より  (M=明治 T=大正 S=昭和 H=平成)
                                         (≪ ≫は、筆者記入)
M13 備荒儲蓄法
                                                M21 磐梯山噴火
                     ≪M27 日清戦争≫              M24 濃尾地震
M29 河川法                                       M29 明治三陸地震津波
                                                

M30 砂防法

M30 森林法

M32 災害準備基金特別会計法
                     ≪M35 日露戦争≫              M35 伊豆鳥島噴火
M41 水害予防組合法
                                                M43 洪水(東北・関東・中部)
M44 治水費資金特別会計法
                     ≪T 3 第一次世界大戦≫          T 3  桜島噴火
                     ≪T 7 米騒動≫                T 6  台風(近畿・関東等)
                                                T12  関東大震災
                                                T15  十勝岳噴火
                                                S 2  北丹後地震
                     ≪S 6 満州事変≫
                     ≪S 7 5.15事件≫             
                                                S 8  三陸地震津波
                                                S 9  室戸台風
                     ≪S11  2.26事件≫
                     ≪S12  日中事変≫
                     ≪S13  国家総動員法≫          S13  豪雨(兵庫県等)
                     ≪S14  第二次世界大戦≫
                     ≪S16  太平洋戦争≫
                                                S17  台風(西日本中心)
                                                S18  鳥取地震
                                                S19  東南海地震
                                                S20  三河地震
                     ≪S20 敗戦≫                 S20  枕崎台風  
                                                S21  南海地震

S22 災害救助法                                    S22  キャスリン台風

S22 消防組織法

S23 消防法                                       S23  福井地震

S24 水防法                                       S23  アイオン台風(東北等)

S25 農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助暫定措置に関する法律

S26 公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法                 S26  ルース台風(九州・中国)

S27 気象業務法

                                                S28  豪雨(北九州・和歌山)
                                                S29  洞爺丸台風
S30 天災による被害農林漁業者に対する資金の融通に関する暫定措置法(天災融資法)

S31 海岸法
                                                S32  諫早台風
S33 地すべり等防止法                                 S33 狩野川台風
                                                S34  伊勢湾台風
S35 治山治水緊急措置法                               S35 チリ地震津波

S35 「防災の日」創設

S36 災害対策基本法

S37 豪雪地帯対策特別措置法

S37 激甚災害に対処するための特別の財政援助に関する法律(激甚法)

S38 防災基本計画策定                                S38 北陸豪雪

S39 河川法 (新)                                    S39 新潟地震

S39 測地学審議会「地震予知」について建議
                                                S43 十勝沖地震
S44 地震予知連絡会設置

S44 急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律

S48 火災噴火予知計画策定

S48 活動火山周辺地域における避難施設等の整備等に関する法律 (S53 活動火山対策特別措置法)

S48 災害弔慰金の支給等に関する法律

S49 国土庁発足                                     S49 伊豆半島沖地震

S49 火山噴火予知連絡会設置                            S49 三菱石油水島製油所

S50 石油コンビナート等災害防止法                            重油流出事故 

S51 地震予知推進本部設置

S53 大規模地震対策特別措置法 (地震防災基本計画)             S53 伊豆大島近海地震
                                                 S53 宮城県沖地震
S55 地震防災対策強化地域における地震対策緊急整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律
                       (地震財特法)                 S55 豪雪(北陸・東北等)
                                                 S57 豪雨(長崎県等)
                                                 S58 日本海中部地震
                                                 S58 豪雨(島根県等)
                                                     三宅島噴火
                                                     豪雪(北陸・東北等)
                                                 S59 長野県西部地震
                                                     豪雪(北陸・東北等)
                                                 S61 伊豆大島噴火


S62 国際緊急援助隊の派遣に関する法律                     
                                                 H 3 雲仙岳噴火
H 4 南関東地域直下の地震対策に関する大綱
                                                 H 5 北海道南西沖地震
                                                      豪雨(九州等)
H 7 災害対策基本法一部改正                            H 7 阪神淡路大震災

H 7 地震防災対策特別措置法

H 7 防災基本計画修正

H 7 災害対策基本法及び大規模地震対策特別措置法一部改正

H 8 特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律

H 9 密集市街地における防災街区の整備の促進に関する法律      H 9 ナホトカ号海難流出油事故

H 9 防災基本計画修正                             ダイヤモンドグレース号油流出事故
                                                  東海村ウラン加工施設事故
H10 被災者生活再建支援法

H11 地震防災基本計画修正

H12 防災基本計画修正                               H12 有珠山噴火

H12 防災基本計画修正                                    神津島近海地震
                                                    豪雨(愛知県等)
                                                    鳥取県西部地震
(手持ち資料の為 H12 止め)

災害の歴史にも「正史と稗史(隠された歴史)」があります。この表より、ご先祖様・人間の姿を読み取る必要が
ボランティアにはあるのです。災害に関連するところの、多くの犠牲者は今日の私たちのために、「何を語る」の
でしょうか?。私達は読み取らなければなりません。「戦争遂行中」には、内政がおろそかになる、そのことも年
表より窺い知れます。また「体系的・先攻的」でなく、そこに「大災害と斗かう!(守る)」意思はあるのでしょうか?
私の『大きな疑問』です。

大災害の急襲!以前に「法・制度」を組み上げておかないと「組織的対応」・「権力発動」が出来ない!?」
それでは「話にならない!」、のではないのでしょうか???!

(※現行法規で建物を破壊して『防火帯を作る』のは、できるのかな?!)

(※仮に「大災害の相貌」が、スーパー広域災害として『激烈にして甚大な場合』になってしまった場合に、現行
法規の「シビリアンコントロール」は機能して「被害を最小限にする」ことができるのでしょうか?仮に「関東大震
災を上回る」もので「首都圏壊滅」の場合にも「政府機能」は、安泰なのでしょうか?「私は『国民国土を防衛する
ための先攻法規・法体系』が、あって当然だ!と、考えています。そうでないと議論している間に不幸がどんどん
同時多発ゲリラの相貌を示して、増殖して、どんどん手におえなくなる、と、考えています。)

(※そうだ!仮称「国民国土防衛法」なんての創造っちゃえ!。)

 

 まだまだ私は勉強不足でありであり「法制度に論及する」ことはできません。
よって「これから見つめて考える」ことをお約束します。また私の至らぬところをメールなどいただけたら、大変
ありがたいので、みなさん、よろしくメールくださいませ。  

わが国の「法制度」

ボランティアの「良心」について

まとめ  (とは、するものの、まだまだ私の問題意識。だって「ボランティアなんて、たかがシレテル!」)


・ボランティア「唯心論」・「ボランティアは、生命に奉仕する」
・「大災害」非常事態を個別撃破する「仲間を助けろ!」の『一語』が、全てのボランティアの行動理念
 連帯の和は「パワーのベクトル」

「現実は想像を越える」・被害想定の「虚と実」
法制度を超える「ボランティアの倫理と実践」・「現場主義の意味・他者と共にある良心」
「万巻の法 vs 良心」 寸断分断されても、ボランティアの良心は、みんな、どこにいても、「一つだけ!」

「総力戦」の中のボランティアの位置と役割 「社会規範・人々、と調和して、総合力を高めよう!」
「法制度・社会規範」の中のボランティアの位置と役割

「生活に困窮する人々のために」 勉強しよう! 「ボランティアのサル知恵・法律のうら読み」


『万巻の法+ボランティアの良心』=総合力

「生きて在ることは素晴らしい!」(ボランティア実存の意味)
偶然と必然  宿命と運命  「世界を開く ボランティアの心と実践」



≪なんや、ここまで書いたら「私は妖しい宗教家?」 ははは、私は「どちらの神様・仏様」も信じない!」
およそ宗教は全て間違っているか、全て正しいか、の、どちらかでしょうね。
そして私は、大空と海と大地と、生きて在るものの全ての生命が「大好き!」な、だけです!
だから「あらゆるものの神様と仏様も『大好き!』という、はちゃめちゃな信仰になります。≫

もうすぐ夏ですね!可愛い娘ちゃんと海でも遊びに行きて−な!えっ、津波だって?やっつけちゃえ!

「拝啓 総理大臣殿  みなさん、ご苦労様です!。」

最果ての海の彼方で働く人、荒れた田畑を手入れする人、書類と論議にいそしむ人、牛や羊にえさをやる人
崩れた道路を直す人、そろばん片手に商売する人、車で物資を運ぶ人、なにか喜びや悲しみの手を添える人
寝たきりの老人の世話をする人、この国を守る人、子供の夢を育む人、油にまみれて働く人、山に緑をそえる
人、みんなの夢を歌う人、花に涙をそえる人、未来の都市を造る人、病の子供を抱き上げる人、食事に華をつく
る人、潰れた家を建てなおす人、みんなの命を守る人、汚れたものをきれいにかたずける人、旅人を夜汽車に
乗せる人、大きな流れに堅固な橋を架ける人、みんなの夢と希望をかなえる人。
みんなの汗と努力の実りますように!願いと祈りの届きますように!。

みんなが日本の、この国で生活している。私たちが暮らす足元を支える大地には、日本という名前がある。
一握りの土に汗と涙と血が染み付いている。みんなが大事に育てた土だ。地図の上ではちっぽけな島の国。
けれどもこれが約束の土地。安息の、祈りの大地。みんなが仲良く暮らす島。
 
戦争があった。他所の国に爆弾を落としたから、仕返しに爆弾を落とされた。
そして死の決意により、後の大事なものを守ろうとした人達がいた。
人の世なら、生きたくても死に至る病の人もいる。自ら命を絶つ人もいる。希望と野望を勘違いする人もいる
この国を恨む人もいる。悲しむ人がいる。怒る人もいる。およそ人々が暮らすのだから、様々なことが起こる。
嫌なことだって人それぞれにあるさ。良いことばかりじゃないし、悪いことばかりでもない。

しかし、みんなの暮らしを災害より守ろう!美しい郷土を守ろう!小さきもの達の大きな夢を守ろう!
世界にその手を広げていこう!どんな小さな悲しみも、どんな大きな苦しみも、抱えきれない喜びも、
みんなで、みんなが分かち合おう。
生きてあればこそ、道は前にある。

海の彼方にいる人が、夢見て涙を流しても、いつか必ず帰り着くよう、美しい郷土を守ろう!
だから、 みんなで力を合わせて、大災害と斗かおう!



   (このことが、なぜ、「国会論議の最優先課題」に、ならないのだろうか?私には、わからない。)

?!新たな方法としての『国民国土防衛法』を考えてみよう!?  

・職掌・職権・職責・職能

・総理大臣の国民国土防衛の「先攻的権力の発動」は可能なのか?!どうか?!
しかし総理大臣の『決断と実効力』が大災害より「国民を守る!」のだろう。
『防火帯』を戦車を使ってでも造る、ことができるか?どうか!!は、だいじなことだろう。

「このページ」は、災害・ボランティアの「考えるヒント!」になれば良い!?。
いいえ、切実な課題であるはずです!
しかし法律は「立法府」の課題だよね?!でも、これって政治課題になるよね?ボランティアの課題なの???
いいえ、『国民的課題・ボランティアの課題』だと、私は考えます。およそ自然災害であれ、人災であれ「人の生
命に関わる」ことならボランティアの課題だと考えます。
よって、ここでの問題は、その「方法論」であり、「現・政党政治」に関わらずに「世論を喚起すれば良い」のですね。
だったら「まずボランティア」より学ぶ・考えることから始めましょう。
 後に「政党論議」にゆだねず、ボランティアも「声を挙げるべき」と、考えています。方法はいろいろあるでしょう。
自ずと道は開くでしょう。
 よってドンドンと「書き出し研究」(弁証法)してゆきます。よって「進化=発展途上」のページとなります
        
       (たまにのぞくとビックリ発言があったりして、「面白い・勉強になる」を、目ざして作ります。 (050617)

 『被災者生活再建支援法』のさらなる充実を!  

『新・法制度』の出来るまでは、    「現行の法制度」での可能性を追求するしかない。